2015年12月5日土曜日

「ドラゴンランス 冒険者たちの深夜の集い 〜邂逅〜」参加作品です。








 火のように明るい泣き声が、いつの間にか陥っていた微睡を切り裂いた。すでに窓の外は真っ暗だ。
「産まれたの?!」
 一瞬で目を覚まし、立ち上がり産室に駆け込もうとした幼い体を、義父が押しとどめた。
「まだだよ、キット。産婆さんが言っていたろう?双子なんだよ。もう一人が無事に産まれるまで、辛抱しなさい」
「…はい」
 義父の手を払うと、落ち着かない体を無理やり椅子に落ち着ける。産声の向こうから、まだ母親のうめき声が聞こえてくる。まだかな、もう一人はまだかな。自分はどれくらい眠っていたんだろう。一人目は男の子?女の子?それくらい教えてくれたっていいじゃないの。どっちだっていいけど。今日から私はお姉ちゃん。二人もの弟か妹がいるお姉ちゃんなんだ。
 だが、二人目の産声はなかなか聞こえてこなかった。義父も不安になってきたようで、産室の扉に視線を投げかける頻度が増している。その度ごとに憂慮の色を増して。もう待っていられないと、キティアラが産室に向かおうとすると、出し抜けに扉が開いた。
「どうぞ、お入り下さい」産婆の顔は青ざめている。
 二人目はどうしたの?思わず立ちすくんだキティアラを押しのけるように、義父が先に部屋に入っていく。キティアラも恐る恐る後に続いた。
 血の匂いが立ち込める薄暗い部屋に目を走らせる。泣きわめく赤ん坊を、義父が泣き笑いのような顔で抱き上げ揺すっている。寝台に横たわるのは母親一人で、ぐったりとして意識がないようだ。もう一人はどこに行ったの?寝台の横に立つ産婆と目があった。その腕の中の、布に包まれたものは、義父が抱えている子よりもさらに小さい。その中から、ぜいぜいと頼りない声が漏れている。
「その子ね?」
 産婆に体を向ける。
「ねえ、わたしにも抱かせて」
 だが産婆は首を振った。
「抱かない方がいいわ。この子のことはお忘れ。あなたの弟なら、お父さんに抱かせてもらいなさい」
 だがキットは詰め寄った。
「どうして?わたしの弟よ、どうして忘れろなんて言うの」
 そうして、産婆から、無理やりおくるみを抱きとった。それは頼りないなりに小さく声を上げたが、すぐにまた元の喘ぐような声に戻った。
「ちいさい……」
 赤黒い、くしゃくしゃな中に、どうにか人間の目鼻が識別できた。自然と笑みがこみ上げる。
「キティアラよ。わたしが、おまえのお姉ちゃん」
 横たわっていた母親が身じろぎする。産婆が胸元を清めると、義父が先に生まれた子をそっとあてがった。すっと泣き止んだかと思うと、夢中で母親の乳に吸い付いている。
「この子も…」
 キティアラが小さな赤ん坊を差し出すと、産婆は表情を曇らせつつ義父に視線を送った。義父の視線は産婆から小さな赤ん坊に移り、再び元気よく乳を吸う赤ん坊に据えられた。
(……?)
 小さな子も、顔を拭われて母親の胸にあてがわれたものの、こちらは吸い付こうとはせず、弱々しい呼吸はさらに苦しげになった。なのに産婆は何もせず目を伏せ、義父も沈鬱な表情だ。
「やっぱり、この子は…」
「どういうこと?」
「この子は自分で乳を吸えない、息もままならない。残念だけど、この子は諦めた方がいいでしょう。ロザマンさんには最初から死産だったと伝えま…」
「嫌よ!」
 キティアラは声を張り上げた。
「わたしの弟よ、なんで忘れなきゃ、諦めなきゃいけないの…」
「キット、その方がその子の為なんだよ」
「そんなこと、あなたが決めることじゃない!」
 キティアラは義父に怒鳴った。おとなしく乳を吸っていた赤子がびくりとし、小さな赤子はひきつけを起こしそうだ。
「決めるのはこの子でしょう?わたしは諦めない、だってお姉ちゃんなんだから。なんとかしてみせる」
 母親のそばに横たえられた頼りない体をそっとずらすと、キティアラは上の子と並んで母親の乳に吸い付いた。
「何を…」
 飲み込まないように注意しながら、そっと半開きの小さな小さな唇に落とす。最初はしくじった。二滴目は口の中に落ちる。三滴目、四滴目…吐き出しむせそうになるのを拭ってやる。もう一度母親の乳へ。
 産婆も義父も息を詰めて見守っていた。上の子はもう乳を飲み終えてすやすやと眠っている。小さな赤子は、何滴目かの乳を飲み込んだ。
「今はそこまでよ、キティアラ」
 産婆が優しく声をかける。
「もういいの?もうこの子は大丈夫?」
 ぜいぜいという音はなくなったものの、相変わらず呼吸は細く弱い。
「このまま寝入ってしまったら、息が続かないかもしれない。でも眠らないと体力が持たない」
 何度か抱き方を変えては、赤子の様子を見守る。やや息遣いが安定する。
「このまま、首をこの角度で保ったまま、次に目が覚めるまでゆっくり眠れれば、あるいは生き延びられるかもしれない」
「おお…」
「わたしがやる」
 手を差し伸べようとする義父を睨みつけながら、キティアラは小さな赤子を言われた通りに抱きかかえた。
「わたしが面倒見るの。だって、この子のお姉ちゃんなんだから」
 産婆と義父の説得にもかかわらず、キティアラは赤子を手放さなかった。硬い椅子に腰掛け、赤子の息遣いに目と耳を傾ける。いったん強くなったかと思うとまた細る呼吸を見守る中、疲れ切ったまぶたが落ちてしまっても、教えられた抱き方は崩さなかった。




 暗闇の中、一人ぼっち。
 お母さんは部屋に閉じこもったままだ。
 お父さんはどこに行ったの。お父さん。
(キット)
 顔を上げると、父がいた。義父ではない。顔も忘れかけていた、実の父。どうして忘れたりなどしたのだろう。鏡を見るまでもなく、自分とそっくりなのに。
(いい子だ、キット)
 家を空けがちだったものの、帰ってきた時はお土産を手にし、好きなだけ自分に構ってくれた。剣の稽古も。
(そうだ、キット、おまえは筋がいいな)
 いなくなるのは決まって、母親との喧嘩の後。
(今度帰る時は、本物の剣を買ってやるからな。こんな木剣じゃなくて)
 そう言ったきり、二度と帰ってこなかった。
 また真っ暗。誰もいない。お父さんも。お母さんも。腕の中は空っぽ。握りしめるものも、抱きしめるものも、何もない。何も--?

 だるい腕の中に、何かあった。重い。冷たい。でも手放したくない。まぶたも体も、何もかも重い。でも頑張って目を開く。この重みを失わないために。
「これは…」
 弱々しい、金色のゆらめき。
(それは剣)
 一切の感情を、表情を感じさせない声が、どこからか響いた。
「剣…これがわたしの剣?」
(いかにも、それは剣。未だ形ない、未完成の剣)
 目を凝らして見たそれは、確かにほっそりとした金色の剣のようだった。か細いのに、ひどく重い。抱える両腕がすぐに音をあげそうになる。
(それは剣。どこを目指し、何に対して振るわれることか)
 持ち続けるほどにそれは重みを増していく。腕だけでは支えきれず、膝をついて腿も使って支える。地面は真っ黒で、それでいて不確か。気を抜いたら飲み込まれそうだ。手を離したら沈んでいってしまいそうだ。
(それは神々の剣。そなたの手には重かろう、幼子よ)
 別の声が響く。温かなようで温まらない、どこか悲しげな声。
「重くなんかない」
 どこから聞こえるのかわからないその声に反駁する。
「手放すもんですか。これはやっと手に入れた、わたしの剣なんだから」
 ずっと欲しかった、約束のもの。形の不確かなそれを、ぐっと胸に抱きしめる。
(それは剣。いずれ神々をも滅ぼす剣)
 今度は女の声。恐ろしいのに、ぞっとするほど甘く、暖かい。
(今のうちに手放すが良い。それはいずれ、そなたをも滅ぼす剣)
 声は恐ろしいのに甘く、ぬくもりを感じる。母からは与えられなかったもの。凭れかかり、全てを委ねたくなる優しさ。それが腕に触れる。
「だめ」
 はっと腕の中の剣を抱え直す。
「これはわたしのなの、やっと手に入れたの、絶対離さない!」
(それはいずれ-)
「うるさい!」
 キティアラは顔を上げた。闇の中、姿の見えない三つの声に向かって言い放つ。
「これは約束されたわたしの剣なの。いくら重くても、危なくても、わたしが手入れして共に戦うの」
 すくと立ち上がる。
「これが何かを、わたしをも滅ぼすというならその時は戦うまで。でもそれまではこれはわたしのもの、誰にも口出しなんかさせないし、誰にも取らせない!」
 振りかざした剣がきらりと光る。
(後悔することになろうぞ)
(それが、そなたの選択ならば、仕方あるまい)
(しかと記録した)
 声はもう、聞こえない。
 冷たかった剣が温かみを返す。もう重くない。
 もう大丈夫。
 剣の輝きが瞬くように闇に沈み、夢の中のキティアラの意識を眠りに誘う。




「…アラ。キティアラ!」
「キット!」
 眩い光の中で目を開く。
「よくやったわ。この子は大丈夫よ。見てごらんなさい」
 おそるおそる、こわばった腕の中を見つめる。やわやわとした、産まれたての小さな赤子。おとなしく眠っていた顔が突然くしゃくしゃに歪んだかと思うと、上の子も顔負けの声を張り上げて泣き出す。甲高い声が寝不足の頭に響いて、思わず顔をしかめると、産婆が笑いながら取り上げて、母親の乳にあてがう。元気よく吸い付いている。ほっとして涙が溢れた。
「よくやったわね、キット。偉かったわ」
 母親も目を覚まして、微笑んでくれる。向こう側には大きな赤ん坊。
 わたしの、弟たち。剣などではなく。でも剣よりずっとずっと欲しかった。
「さあ、あなたも食事にして、それからおやすみなさい」
「そしてお母さんが落ち着いたら、ご褒美を買いに行こうな」
 義父が微笑みかける。
「ううん、ご褒美ならもうもらったから。それに、約束したから」
 早く大きくなって、そして一緒にどこへでも行こう。約束された自分の剣、自分の力を取りに。何があったって大丈夫、あなたがたのお姉ちゃんは強いんだからね。
 一足先に乳を飲み終わって瞼を開いた小さな子の青い瞳の奥に、一瞬金色の剣が煌めいたように見えた。
 どこかで見たような…?
 夢の余韻は、朝食とベッドと、約束された未来との間に、光って消えた。


(End)





* * *


言い訳

ドラゴンランスワンドロ・ワンライ企画、楽しみにしてたんですが祖母の葬儀で急遽北海道へ。帰りの空港ラウンジでかさかさと殴り書きでした。
「戦記」と「伝説」の印象だけで書いております。未訳のマジェーレ家のお話などとは食い違うところも多々あると思いますがお見逃しください。いずれ資料を参照してちゃんと書き直したいです。三つの声の言葉遣いなどもそれらしく。

2015年2月20日金曜日

人気の投稿スペシャル

 絶好の創作日和なんですがなんか話がまとまらない。こんな時は過去を振り返って遊びましょう。サイドバーに表示される「人気の投稿」の閲覧数と、2/20現在で他に20件を超えた記事をご紹介します。
やっぱりツイッターで更新告知した回や、コメントがついた回は多くなりますね。

戦記2巻p182 探索(11月4日) 23回

“Move!”

「どいて」

 キャラモンの前でときどき口調が幼くなるレイストリン。

戦記2巻p131〜 疑惑(11月2日) 23回

“I’ll believe he’s turned traitor to his people the day I believe you or Caramon turn traitor.”

「かれは仲間を裏切るなど、君やキャラモンが裏切るのと同様おれには信じられない」

「かれ」とはギルサナス。人種の壁、偏見…アメリカ人だからこそ書ける生々しさを感じます。

戦記3巻p201〜 現し夢(11月22日) 27回

“How does it feel to be weak and afraid, my brother?”

「弱くて恐れているってどんな気持ちかな、兄さん?」

 未来の幻影であり、それぞれが最も恐れる事態を見せつけてきた悪夢。ひとり恐怖していなかったかれは、すでに全てを”accept”していたのでしょうか。

戦記2巻p225〜 寓話(11月8日) 28回

“--kill me now! I will not stop you--“

「――今殺せばいい!ぼくは止めませんよ――」

 ええ、今殺せばよかったんですよ。命がけで皆をドロウから守ったばかりの人をね。

戦記2巻p277〜 「わたしの子供たち…」(11月12日) 28回

“My children…”

 初読時に泣き、再読時に泣き、英文と合わせて読みながら三たび泣きました。

戦記4巻p165〜 稲妻(12月13日) 28回

“Tanis! It is you!”
Tanis saw bright brown eyes, a crooked, charming smile.

「タニス!やっぱりあなただわ!」
 明るいとび色の眼。くせのある魅力的な微笑。

 タニスちゃん同様、私もキティアラ様にどっぷりはまりながらご紹介してました、この辺りの展開。

戦記2巻p213〜 変装(11月7日) 30回

“Stop it, you bold man!”

「やめてよ、図々しい人ね!」

 ノリノリで女装してるキャラモン。一方レイストリンはどうしたのか。疑惑あふれる回です。

戦記5巻p88〜 真相(1月1日) 31回

“Thus they thought to purge my soul of darkness. What I truly learned was that I lacked self-control.”

「それによって、審問官たちは、ぼくの心に巣食う闇を浄化しようと考えたわけだ。しかし、ぼくが本当に学んだのは、自分に自制心が欠けているということだった」

 新春早々、自制心ブレイクして叫びまくった回。どん引きされるの覚悟だったんですがそうでもないようで安心しました。

戦記1巻p15<絶望の時代>(10月3日) 33回

The sky is calm, silent, unmoving.
We have yet to here their answer.

天は静穏、黙して不動。
応えはさらに待たねばならぬ。

 記念すべき第一回。ひたすらため息をついておりました。

戦記1巻p239〜 ケ・シュの村(10月15日) 36回

He remembered…

 英語ならではの抑揚、同じ英単語を異なる日本語訳で奏でてみせる役者のセンスに酔いしれた回。しかしこれらはまだ序の口なのでした。

戦記1巻p404〜 呪文書(10月22日) 37回

“Good Caramon. Excellent Caramon,”

「優しいキャラモン。頼もしいキャラモン」

 全く、もう、この弟ときたら。この時ティカがいなくてよかったですね。

戦記1巻p289〜 ザク・ツァロスへ(10月17日) 38回

Suddenly Tanis hated Raistlin, hated him with a passion that shocked the half-elf, hated him for not feeling this pain, hated him and envied him at the same time.

 突然、タニスはレイストリンが憎らしくなった。自分でも驚くほど激しく憎んだ。かれがこの苦痛を感じていないというので憎んだ。憎んで、しかも同時に嫉妬した。

 タニスもレイストリンに絡め取られちゃった一人なんだなあ、と今ふと思いました。

戦記5巻p314〜 <大審問>(1月13日) 39回

“How did you do that?”

“No, Raistlin!”
“Never!”

「どうしてあんな術が使えたの?」

「違う、レイストリン!」
「誓う!」

「大審問症候群」なる名言に共感するあなたも私も魔法使い。

戦記5巻p89〜 二つの言葉(1月2日) 41回

“My brother…”

 邦訳を手掛かりに、英語ならではの表現を紹介する、という趣旨の中でも屈指のクリティカルヒット、まさに会心の一撃!な回でした。二人が口にした、最後の、二つの言葉。

戦記3巻p57〜 双子(11月15日) 42回

“Nor will you,”
”Ever.”

「兄さんにはわかるもんか」
「永遠に」

 こういうのが読みたくて原書取り寄せたんです。浸りました悶えました。
 もうこの先は何もコメントできません。

戦記3巻p219〜 終わりと始まり(11月23日) 42回

Raistlin looked at him for a moment, and Tanis saw a brief flicker of regret in the young mage’s eyes, a longing for trust and friendship and a return to the days of youth.

 レイストリンはつかの間かれを見つめた。若い魔法使いの眼に、後悔の色がちらりと浮かんだ。信頼と友情に満ちた青春時代への憧憬。

戦記5巻p345〜 影絵(1月15日) 46回

“Look, Raist,”
“bunnies…”

「ごらん、レイスト」
「うさ公だよ……」

戦記1巻p456〜 お別れ(10月26日) 58回

If I have any power at all, Great One, he said inside himself, power that has not yet been revealed to me, grant that this little one goes through her life in safety and happiness.

 心の中でかれは言った。大いなる方よ、もしぼくに力が――まだ明かされていない力があるものならば、どうかこの小さき者につつがなく幸せな生涯を送らせ給え。

 投稿されて以来、人気の記事として不動の一位を守り抜いた回でした。
 ご来訪くださった皆様に心から感謝申し上げます。

2015年2月17日火曜日

告別

DRAGONS OF SPRING DAWNING p379

Raistlin’s Farewell


Caramon, the gods have tricked the world
In absences, in gifts, and all of us 
Are housed within their cruelties. The wit
That was our heritage, they lodged in me, 
Enough to see all differences: the light
In Tika’s eye when she looks elsewhere,
The tremble in Laurana’s voice when she 
Speaks to Tanis, and the graceful sweep
Of Goldmoon’s hair at Riverwind’s approach.
They look at me, and even with your mind
I could discern the difference. Here I sit,
A body frail as bird bones.

戦記6巻p292

レイストリンの告別

キャラモン、神々とは気紛れなもの、
世に背を向ける一方で賜物を与える。
けれどわれわれはみな、神々の
無慈悲な戯れのうちに住まう者。
われらの受け継ぐべき才知を神々は
わがうちに宿らせた。その才知が
あらゆる差異を見分けさせてしまう。
ティカがどこか他所を見るときの目の輝き、
ローラナがタニスに話しかけるときの声の震え、
リヴァーウィンドを間近にしたときの
ゴールドムーンの優美な髪のそよぎ。
けれどぼくを見るかれらの眼には、
たとえ兄さんの心をもってさえ、
差異があるのがわかるだろう。ここにぼくはいる、
鳥の骨のように脆いからだで。

                                         In return
The gods teach us compassion, teach us mercy,
That compensation. Sometimes they succeed,
For I have felt the hot spit of injustice
Turn through those too weak to fight their brothers
For sustenance or love, and in that feeling
The pain lulled and finished to a glow,
I pitied as you pitied, and in that
Rose above the weakest of the litter.

見返りに、
神々はわれわれに同情を教え、慈悲を教え、
あの代償を教えた。ときにはそれは成功した。
なぜならぼくには感じることができる、
同じ同胞として生まれても、生存や愛をかけて
争うことの敵わない弱者のうちには
不正への熱い憤りがめぐっていることを。
それを感じていると、痛みは和らぎ
小さな熾火に減じてゆく。兄さんが哀れんだように
ぼくも哀れんでいたのだ。そうして、だからこそ
ぼくは同胞中の最弱者の上に立ったのだ。

You, my brother, in your thoughts grace,
That special world in which the sword arm spins
The wild arc of ambition and the eye
Gives flawless guidance to the flawless hand,

兄さん、兄さんの世界は無知な優しさの世界だ。
剣もつ腕が意気高く荒々しい弧を描き、
曇りない眼が鈍りを知らない手を導く、そんな特殊な世界だ。

邦訳は(#1)(#2)(#3)(#4)と続きます。

You cannot follow me, cannot observe
The landscape of cracked mirrors in the soul,
The aching hollowness in sleight of hand.

兄さんにはできない、ぼくについて来ることは。
兄さんにはできない、
ひび割れた心の鏡に映る風景や
虚ろな手妻を操る胸の痛みを知ることは。

And yet you love me, simple as the rush
And balance of our blindly mingled blood,
Or as a hot sword arching through the snow:
It is the mutual need that puzzles you,
The deep complexity lodged in the veins.
Wild in the dance of battle, when you stand,
A shield before your brother, it is then 
Your nourishment arises from the heart
Of all weakness.

それでもなお兄さんはぼくを愛してくれる、
でたらめに混在するぼくらの血がうずき、
均衡を保とうとしているからか、それとも
雪を切り裂く灼熱の剣としてなのか。
兄さんをとまどわせるのは、相互依存の不思議さだ。
血脈に宿る奥深い複雑さだ。戦いの乱舞のさなか
盾を差しのべて弟を庇い、立ちはだかるとき、
その瞬間こそ兄さんがぼくの弱さを糧として
生気にあふれるときなのだ。

                            When I am gone,
Where will you find your fullness of your blood?
Backed in the heart’s loud tunnels?

             ぼくの去った今、
兄さんは血の充足をどこで見つけるのだろう?
高らかな心臓の坑道に戻るのか?

                                                       I have heard
The Queen’s soft lullaby, Her serenade
And call to battle mingling in the night;
This music calls me to my quiet throne
Deep in Her senseless kingdom.

                ぼくはもう聞いてしまった、
<女王>の甘い子守唄が、小夜曲が、
(#1)戦いへの誘いが、夜に混じってささやきかけてくるのを。
この調べはぼくを招く、静寂の玉座へと
<女王>の無意識の王国深くへと。

                          Dragonlords
Thought to bring the darkness into light,
Corrupt it with the morning and the moons--
In balance is all purity destroyed,
But in voluptuous darkness lies the truth,
The final, graceful dance.

(#2)            邪竜の諸卿は
闇を光の中へもたらそうと図ったが、
暁と月の訪れによって闇を損なった――
均衡においては純正なものはすべて滅ぼされる。
それでも官能的な闇には真実が潜む。
窮極の優美な舞が。

                                        But not for you:
You cannot follow me into the night,
Into the maze of sweetness. For you stand
Cradled by the sun, in solid lands,
Expecting nothing, having lost way
Before the road became unspeakable.

(#3)        けれどもそれは兄さんには向かない。
兄さんにはできない、ぼくについて夜へ踏み込むことは、
甘美な迷路へ踏み込むことは。なぜなら兄さんは
日の光の中で育まれ、堅固な地に立ち、
何も求めず、行くてが険しくなるより先に
すでに自分の道を失っていた。

It is beyond explaining, and the words
Will make you stumble. Tanis is your friend,
My little orphan, and he will explain

(#4)説明するのは難しく、また、言葉に頼れば
兄さんをつまずかせるだろう。兄さんの友人、
そしてぼくの遺児であるタニスなら説明してくれるだろう。

Those things he glimpses in the shadow’s path,
For he knew Kitiara and the shine
Of the dark moon upon her darkest hair,
And yet he cannot threaten, for the night
Breathes in a moist wind on my waiting face.  

かれが闇路で覗き見たことごとを
なぜなら、かれはキティアラを知り、
その黒髪に輝く黒い月の光を認めてもなお
それでも堕ちなかったのだから。
なぜなら、夜が湿った風となって
待ちわびているぼくの頬にささやきかけてくるのだから。

***

 ややこしいですが、原文(WoC社ペーパーバック)の順番に沿って並べ、邦訳(富士見文庫)の順番を(#)で示しました。こうしてみると原文の方がわかりやすいです。例えば最後の部分、唐突に出てくる「かれ」がタニスであることとか。その他の印象も違ってくるんですが、邦訳は何故このような順番にしたのでしょう?

 もしかしたら原文の方が、富士見版の底本からWoC社のペーパーバックに換わるときに書き換えられたのかもしれませんね。ああアスキー版も買っておくべきでした……。

 さて、めでたく「戦記」最後まで四ヶ月半、大晦日も元日も毎日更新してまいりました。本ブログの定期更新はこれにて終了し、「伝説」は新しいブログで始めます。その前に、性別逆転二次創作「パヴァーヌ」を仕上げてしまおうと思います。完成しましたらこちらで告知します。その間、気まぐれに妄想など垂れ流しているかも知れません。

2015年2月16日月曜日

戦記6巻p288〜 帰郷

DRAGONS OF SPRING DAWNING p377

The tall Tower came in sight, black against the black sky like a window cut into darkness.

戦記6巻p288

 高い<塔>が視野にはいってきた。暗い夜空を背景にさらに黒々と、まるで闇に穿った窓のような<塔>である。

Standing before the gates, he looked up at the Tower; his eyes taking in everything coolly appraising the crumbling minarets and the policed marble that glistened in the cold, piercing light of the stars.

 門の前に立って、かれは<塔>を見上げた。かれの眼はすべてを映し、刺すような冷たい星明かりに輝くつややかな大理石や、崩れかけた尖塔を冷静に観察した。

The golden eyes lowered their gaze to the gates of the Tower, to the horrible fluttering robes that hung from those gates.

 金色の眼は視線を下げて、<塔>の門を、その門にからまってはためいているおぞましいローブを見た。

No ordinary mortal could have stood before those terrible, shrouded gates without going mad from the nameless terror. No ordinary mortal could have walked unscathed through the guardian oaks.

 ふつうの定命者なら、この恐ろしい帳をもつ門の前に立てば、言語を絶する恐怖感によって発狂せずにはいられなかったろう。ふつうの定命者なら、番人の守るあの樫林を無傷で通り抜けることなどできなかったろう。

But Raistlin stood there. He stood calmly, without fear. Lifting his thin hand, he grasped hold of the shredded black robes still remained with the blood of their wearer, and tore them from the gates.

 しかし、レイストリンはここに立っていた。かれは落ち着いて、恐怖もなく立っていた。痩せた手を上げると、かれはまだ着用者の血のしみが残っているぼろぼろの黒いローブをつかんで、門から引きはいだ。

A chill penetrating wail of outrage screamed up from the depth of the Abyss.

The shriek sounded again, and a pale hand reached out from the Tower gates. A ghastly face, twisted in fury, floated in the dank air.

Raistlin did not move.

奈落の奥底から、冷たく凍りつくような怒りのむせび泣きがわきあがった。

 叫び声が再度響いて、青白い手が<塔>の門からのびてきた。怒りに歪んだ幽鬼の顔が、湿った大気の中にぼうっと浮かぶ。

 レイストリンは動じなかった。

The hand drew near, the face promised him the tortures of the Abyss, where he would be dragged for his great folly in daring the curse of the Tower. The skeletal hand touched Raistlin’s heart. Then, trembling, it halted.

<塔>の呪いに挑むという愚行の報いとして、幽鬼はかれを奈落へ引きずりこんで責め苛まさせるべく、手を伸ばし、顔を近づけてきた。骸骨の手がレイストリンの心臓をつかむ。が、次の瞬間、その手は震え上がって停止した。

“Know this,” said Raistlin calmly, looking up at the Tower, pitching his voice so that it could be heard by those within.

「聞くがいい」レイストリンは冷静に言って<塔>を見上げ、内部にいる者たちにも聞こえるよう声を張り上げた。

“I am the master of past and present! My coming was foretold. For me, the gates will open.”

「われこそ過去と現在の主なり!わが来訪は予言に示されしとおりなり。わがために、門は道を開くべし」

The gates swung open upon silent hinges.

 門が、蝶番の音もさせずに開いた。

As he entered, all the black and shapeless, dark and shadowy things dwelling within the Tower bowed in homage.

 かれが入ると、<塔>内に棲んでいる黒く形をもたない陰の者が、ことごとく恭順のしるしにお辞儀した。

“I’m home,” he said.

「これこそわが故郷」かれは言った。

***

“I’m home” 通常ですと「ただいま」なんですがここはしかし。幽鬼が”Welcome home”って出迎えてくれるわけでもないですしね。

いよいよ明日で「戦記」も完了です。取り上げなかったシーンのリクエストは引き続き受け付けております。

2015年2月15日日曜日

戦記6巻p285〜 星座

DRAGONS OF SPRING DAWNING p375

There were Dragon Highlords still. Though no one mentioned her name, the companions each knew one had almost certainly managed to survive the chaos boiling around the Temple.

戦記6巻p285

 ドラゴン諸卿の姿もまだ見えた。一行は誰もその名を口にしなかったが、心の中ではみな、ドラゴン卿の一人はほぼ確実に、神殿一帯の大混乱の中から無事脱け出したに違いないことを知っていた。

And perhaps there would be other evils to contend with, evils more powerful and terrifying than the friends dared imagine.

 そして、おそらくまた、かれらは新たな悪と闘うことになるのだろう、一行の想像をも超える強力で恐ろしい悪と。

But for now there were few moments of peace, and they were loath to end them. For with the dawn would come farewells.

 しかし、いましばらくは安らぎの刻であり、一行はそれを終わらせたくなかった。夜明けとともに、一行は別れを交わさねばならないからだ。

No one spoke, not even Tasslehoff. There was no need for words between them. All had been said or was waiting to be said. They would not spoil what went before, nor hurry what was to come.

 誰も口を開かなかった。タッスルホッフでさえ。かれらのあいだでは言葉は必要なかった。すべてはすでに語られ、あるいはいずれ語られるときを待っていた。かれらはすでに過ぎたことを損ないたくなく、いずれ起こることを急ぎたくなかった。

They asked Time to stop for a little while to let them rest. And, perhaps it did.

 かれらは“時”に、いまひととき止まってかれらを休ませてるよう願った。そして、おそらく“時”はその願いを叶えてくれたのだろう。

One by one, each piece of the shattered Temple took its proper place in the sly, filling the two black voids Raistlin had seen last autumn, when he looked up from the boat in Crystalmir Lake.

 崩れた神殿の各部分は、それぞれ天の正しい位置へ飛び、二つの黒い空洞を埋めた。去年の秋、クリスタルミア湖のボートの中からレイストリンが発見した、あの二つの空洞である。

Once again, the constellations glittered in the sky.

 ふたたび、失われた星座が天に輝いていた。

2015年2月14日土曜日

戦記6巻p271〜 フィズバン

DRAGONS OF SPRING DAWNING p368

“What’s my name?” the old man asked, reaching out his hand to touch the kender’s topknot of hair.
“It’s not Fizban,”
“Up until now, it wasn’t,”
“Then what is it?”

戦記6巻p271
「わしの名前はなんといったかな?」老人は手をのばして<ケンダー>のつむじの髪房に触れた。
「フィズバンじゃないです」
「そうじゃったな、今までは違ったな」
「では、なんですか?」

“I have many names,”
“Among the elves I am E’li. The dwarves call me Thak. Among the humans I am known as Skyblade. But my favorite has always been that by which I am known among the Knights of Solamnia--Draco Paladin.”

「わしにはたくさん名前がある」
「エルフ族の中では、わしはエ=リだ。ドワーフ族はわしをサークと呼ぶ。人間のあいだでは、わしは<天空の剣>として知られておる。だが、わしが一番気に入っておるのは、ソラムニア騎士団での呼び名――ドラコ・パラディンじゃ」

“’One day he’ll show up here and he’ll admire my tree and he’ll say, “Flint, I’m tired. I think I’ll rest awhile here with you.” Then he’ll sit down and he’ll say, “Flint, have you heard about my latest adventure? Well,…”’”

「『いつかある日そいつはここへ現われ、わしのこの木に感心して、きっとこう言うじゃろう。“フリント、ぼく疲れてるんだ。ちょっとここであんたと一緒に休みたいな”そうして、すわりこんで言うじゃろう、“フリント、ぼくの最新の冒険談をもう聞いた?あのね……”』」

***

 フィズバンが語るフリントの台詞の中のタッスルの台詞。かっこの種類が少ない英文では混乱しちゃいそうですね。


“I’m sorry. I forgot. I guess I shouldn’t call you Fizban anymore.”

「もうフィズバンなんて呼んじゃいけないんですよね」

“Call me Fizban. From now on, among the kender, that shall be my name.” The old man’s voice grew wistful. “To tell the truth, I’ve grown rather fond of it.”

「フィズバンとお呼び。今この時から、ケンダー族の間ではそれをわが名としよう」老人は懐かしげに言い添えた。「実のところ、その名がかなり気に入ってきたのだ」

“Who is this Fistan--whatever? I want answers--“
“The answers you seek are not mine to give,” Fizban said. His voice was mild still, but there was a hint of steel in his voice that Caramon up short.

「そのフィスタン――なんとかというのは何者なんです?答えてください――」
「おまえの求める答えは、わしには与えられない」フィズバンは言った。かれの声は依然として穏やかだったが、その口調には、キャラモンを黙らせる鋼鉄の肌触りがあった。

“Beware of those answers, young man,”
“Beware still more of your questions!”

「その答えには用心をせよ、若者よ」
「それにもまして、その問いには用心をせよ!」

“An inn? In Solace?”

“That was you, shouting for the guards!”
“You got us into this!”

「宿?ソレースの?」

「やはりあなただ、あなたが警備兵を呼んだでしょう!」
「おれたちをこんなことに追い込んだのはあなたなんだ!」

“I set the stage, lad,” Fizban said cunningly. “I didn’t give you a script. The dialogue has been all yours.”

「わしは舞台を整えただけだよ、おい」フィズバンがすらりとかわす。「台本を配ったわけじゃない。台詞はみんなおまえさんたちの自前じゃ」

***

 長年憧れていながら一度も参加したことのない、TRPGの世界を垣間見ている気がします。シナリオを完遂した、ゲームマスターとプレイヤーの会話のような。


Absentmindedly, still muttering, the old mage climbed up onto the dragon’s back.

 老人はぶつぶつとひとりごとを言いながら、うわの空で竜の背に登った。

“Wait! My hat!”

“Fizban!” Tas shouted again. “It’s--“
But the two had flown out of hearing.

“It’s on your head,” the kender murmured with a sigh.

「待て!わしの帽子が!」

「フィズバン!」タッスルが繰り返す。「あんたの――」
 しかし、老人と竜はもう聞こえないところへ飛んでいた。

「あんたの頭の上に載ってるのに」タッスルはため息まじりにつぶやいた。

2015年2月13日金曜日

戦記6巻p266〜 緑竜

DRAGONS OF SPRING DAWNING p365

Caramon cried out, just as lightning sizzled from Raistlin’s fingertips. Screaming in agony, the draconians burst into flame and fell, writhing, to the ground.

戦記6巻p266

 キャラモンが大声をあげたが、その瞬間、レイストリンの指先から稲妻が噴き出した。ドラコニアンは絶叫とともに炎に包まれ、もがきながら地面に倒れた。

“You didn’t need to do that, Raistlin,”

“The war’s over,” Caramon added sternly.

「そこまですることなかったのに、レイストリン」

「戦争は終わったんだ」キャラモンが厳しく言い添える。

“Is it?”
“It is weak, sentimental twaddle like that, my brother, which assures the war’s continuation.”

「そうかな?」
「戦争が続いていくのは、兄さん、そんなふうなひよわで感傷的な戯言のせいだよ」

“A dragon!”
“It seems familiar, somehow.”

“You have,”
“in the dream. This is Cyan Bloodbane, the dragon who tormented poor Lorac, the Elven King.”

“He comes at my command,”
“he has come to take me home.”

「竜だ!」
「なんだか見覚えがあるみたい」

「あるんだよ」
「夢の中でね。これがカイアン・ブラッドベイン、哀れなエルフ王ロラックを苛んでいた竜だ」

「ぼくの命令でやってきたのだ」
「かれがぼくを故郷へ運んでくれる」

The dragon circled lower and lower, its gigantic wingspan spreading chilling darkness. Even Tasslehoff(though he later refused to admit it)found himself clinging to Caramon, shivering, as the monstrous green dragon settled to the ground.

 竜は螺旋降下にはいった。巨大な翼が冷え冷えとした闇を展開する。タッスルホッフでさえ(後になってかれは認めようとしなかったが)思わずキャラモンにしがみついて震えるなか、けたはずれのその緑竜は地面に降り立った。

“Wait! Raistlin!” Caramon cried raggedly. “I’ll go with you!”

「待て!レイストリン!」キャラモンは必死の声をあげた。「おれも一緒に行く!」

***

 わかっているのですね。かれの「故郷」がもはやソレースではないことを。


 “Would you?” Raistlin asked softly, laying a soothing hand upon the dragon’s neck. “Would you go with me into darkness?”

「ほんとうに?」レイストリンはそっと訊きながら、竜の首をなだめるように撫でた。「ほんとうにぼくと一緒に闇の中へ行くのかい?」

***

 竜の首を撫でてなだめるのはお姉様直伝ですか。それとも本能ですか。どちらでもいいので撫でられた…(略)


“I truly believe you would,” the mage marveled, almost to himself. For a moment Raistlin sat upon the dragon’s back, pondering. Then he shook his head, decisively.

「兄さんならほんとうにくるだろうね」魔法使いはほとんど独り言のように感嘆した。つかの間、レイストリンは竜の背の上で考えこんだ。しかし、きっぱりとかぶりを振る。

“No, my brother, where I go, you cannot follow. Strong as you are, it would lead you to your death, We are finally as the gods meant us to be, Caramon--two whole people, and here our paths separate.”

「いや、だめだ、兄さん。ぼくの行くところへは兄さんはついてこられない。いくら力が強くても、それは兄さんにとって死に至る道だ。ぼくらは結局、神々が予定されていたとおりの存在になったんだよ、キャラモン――二人の全き人間、にね。そして、ここでぼくらの道は分かれるんだ」

“You must learn to walk yours alone, Caramon”--for an instant, a ghostly smile flickered across Raistlin’s face, illuminated by the light from the staff--“or with those who might choose to walk with you. Farewell, my brother.”

「兄さんも自分の道を一人で歩いてゆくことを学ばなければならない」――一瞬、レイストリンの顔にかすかに笑みが走ったのが杖の光で映し出された――「あるいは、兄さんと歩いてゆくことを選んだ者たちとでも。さようなら、兄さん」

***

"Farewell, my brother."
 今度こそ、祝福の祈りに聞こえます。なのにそれを受け入れられない困った兄。

「天空の金竜の書」はあと2回で終わります。それから「帰郷」と「レイストリンの告別」。ははは6巻30回ですよ。しかも長い。最初は名台詞だけの予定だったのに、気が付いたらあれもこれもと止まりませんでした。
「告別」は全文やっちゃいます。あれを部分的に抜き出すなんてできません。

2015年2月12日木曜日

戦記6巻p256〜 復讐

DRAGONS OF SPRING DAWNING p359

Soth’s flickering gaze turned to Kitiara. The pale lips curled in derision. “The half-elven man remains your master still.”

“No, I think not,” Kitiara replied. Turning, she looked after Tanis as the door shut behind him.

戦記6巻p256

 ソスの明滅する視線がキティアラに向かった。青白い唇が冷笑を浮かべる。「あのハーフ・エルフは依然としてそなたの主なのだな」

「いや、そうは思わぬ」キティアラは振り返って、タニスを眼で追い、扉が閉まるのを見送った。

***

“derision”冷笑というよりも嘲笑のイメージが強いです。ここでキティアラ様が素直な反応を示していたら、話はまた違っていたでしょうね。


“Sometimes, in the still watches of the night, when he lies in bed beside her, Tanis will find himself thinking of me. He will remember my last words, he will be touched by them.”

「タニスはきっと、夜のしじまに彼女と並んで寝床に横たわりながら、ふと知らず知らずわたしを思い出してしまうはずだよ。かれはわたしの最後の言葉を思い出し、きっと心動かされるだろう」

“I have given them their happiness. And she must live with the knowledge that I will live always in Tanis’s heart. What love they might find together, I have poisoned. My revenge upon them both is complete.”

「ちゃんと効果は考えてある。彼女は、タニスの胸には常にわたしが住んでいることを承知の上で生きてゆかねばならないのだ。二人がどんな愛を築き上げるにせよ、わたしはそこに毒を注いでおいた。あの二人へのわたしの復讐は完璧だ」

***

“I have given them their happiness."どう取ったらいいのか頭抱えた一文でした。そう来ますか。このように来られては、いかな激しい情熱で焼き滅ぼされた燃え殻といえども、感嘆せずにいられましょうか。


“Those you command to die shall die. Those you allow to live”--Soth’s glance flickered to the door--“shall live.”

「そなたが、死すべし、と命じた者には必ず死を与えよう。そなたが生を許した者は」――ソスは扉の方へ眼をやって――「生かしておこう」

“Remember this, of all who serve you, Dark Lady, I alone can offer you undying loyalty. This I do now, gladly.”

「お忘れなきよう――<暗黒の女卿>よ、そなたに仕える者すべての内で、不滅の忠誠を捧げられるのはわたし一人だということを。今は喜んでその忠誠を捧げよう」

“Farewell, Kitiara,”
“How does it feel, my dear, to know that you have brought pleasure to the damned? You have made my dreary realm of death interesting. Would that I had known you as a living man!”

「さらばだ、キティアラ」
「どんな気分かな、愛しい人よ、あなたは呪われし者に愉悦をもたらしてくれたのだぞ。あなたのおかげで、わが陰鬱なる死の領域が、おもしろうなった。生あるうちに、あなたと知りあいたかったものよ!」

***

 訳文では「生あるうちに」ですが、直訳すると「生身の男として」と読めます。1月27日のエントリ「かれの愛など欲しくもない」で叫んだことに、ソス卿も異存はないようですね。しかし生前のソス卿の性格からして、キティアラ様に太刀打ちできるとはとても思えませんよ。


“But, my time is eternal. Perhaps I will wait for one who can share my throne--“

「だが、わが時間はとこしえだ。待つうちに、わが玉座をわかちあえる相手もこようというもの――」

She was by herself in the darkness and for a moment she was terrified.

This was reality, hard and solid, she thought, breathing in relief.

For long moments she stood in the crumbling hallway, her fingers running over the rough metal edges of the blood-stained Crown.

 彼女は闇の中に一人残り、しばらく恐怖に包まれていた。

 これは現実だ、堅固で頑丈だ、と彼女は安堵の吐息をもらした。

 長いあいだ、彼女は崩れゆく廊下に立ちつくし、ざらついた金属の縁に指を走らせていた。血塗られた<力の冠>に。

2015年2月11日水曜日

戦記6巻p235〜 "Go!"

DRAGONS OF SPRING DAWNING p347

“Farewell, Tanis,” Laurana called to him in elven. “I owe you my life, but not my soul.”

戦記6巻p235

「さようなら、タニス」ローラナはエルフ語で高らかに言った。「助けていただいたのは“命”だけ。“心”ではなかったわ」

“Laurana!” he shouted, then in elven, “Quisalas!”

「ローラナ!」タニスは叫んで、エルフ語で続けた。「クィサラス!」

Tanis gasped in a voice as shattered as Raistlin’s had once been, “don’t leave me. Wait…listen to me please!”

 タニスは、かつてのレイストリンのようなかすれ声で喘いだ。「行かないでくれ。待って……おれの話を聞いてくれ、頼む!」

Then torchlight flared, blinding them, and a voice spoke.

 と、そのとき、松明が燃え上がって二人の眼をくらませ、そして声が響いた。

“Tell Laurana what, Tanis?” said Kitiara in a pleasant voice. “Go on.”

「ローラナに何を言うって、タニス?」キティアラが愉快げな声で、「先をおつづけ」

A naked sword gleamed in her hand. Wet blood--both red and green--glistened on the blade. Her face was white with stone dust, a trickle of blood ran down her chin from a cut on her lip. Her eyes were shadowed with weariness, but her smile was still as charming as ever. Sheathing her bloody sword, she wiped her hands upon her scattered cloak, then ran them absently through her curly hair.

 抜き身の剣が彼女の手の中でぎらついた。その刃は、鮮血――赤色、緑色両方の鮮血――でてらてらとしている。彼女の顔は砂埃で白くなり、唇の切り傷から顎にひとすじ血が滴っている。眼には疲労の隈ができているが、その微笑は今なお変わらず魅力的である。血まみれの剣を鞘に収めると、彼女は裂けたマントで両手をぬぐい、その手で無頓着に巻毛をかき上げた。

***

 砂埃に汚れ血が滴ってはいても、いやそれゆえにでしょうか、このシーンのキティアラ様が最も美しく鮮やかに想像されます。「無頓着」な割には髪を梳く前に手をぬぐっていますが。いっそ血まみれのままやってくれても、それはそれで壮絶に美しそうな気もします。


“Let her go, Kitiara,”
“Keep your promise and I’ll keep mine. Let me take her outside the walls. Then I’ll come back--“

「ローラナは行かせてくれ、キティアラ」
「君が約束を守ってくれるなら、おれも約束を守る。彼女を市壁の外へ送り届けたら、おれは必ず戻ってくる――」

“I really believe you would,”
“Hasn’t it occurred to you yet, Half-Elf, that I could kiss you and kill you without drawing a deep breath in between?”

「それはちっとも疑っていないよ」
「考えてみたことはないのかい、ハーフ・エルフ、わたしはおまえに口づけをしながら、息つく間もなくおまえを殺すことができるということを?」

***

 ほぼ同じ時刻に、同じ場所で、最愛の相手に”I can(could) kill you”と告げている姉弟。


“No, I don’t suppose it has. I might kill you right now, in fact, simply because I know it would be the worst thing I could do to the elfwoman.”

「いや、ないに決まっているな。実際、わたしはたった今おまえを殺すかもしれないのだよ、それこそ、そのエルフ女に対してわたしが加えうる最悪の仕打ちだ、というだけの理由でね」

Kitiara’s hand tousled her hair again.
“But I haven’t time.”

 キティアラは再び指で髪を梳いた。
「だが、今はその時間がない」

***

「息つく間もなく」できるくせに、余裕で髪なんか梳きながら「時間がない」って、全くもう、このお人は。


“Mine will be a vast empire. We could rule toge--“

“Lord Soth,”

「我が帝国は広大な帝国となるだろう。おまえと二人で共に治めることもできようが――」

「ソス卿か」

“Lord Soth will have to kill me to reach her, Kit. And even though I know my death will not stop him, or you, from killing her when I have fallen, with my last breath, I will pray to Paladine to protect her soul. The gods owe me one. Somehow I know that this, my final prayer, will be granted.”

「ソス卿が彼女を捕らえようとするなら、まずおれを殺さねばならないだろう、キット。そして、おれが死ねばソス卿が――それとも君が――ローラナを殺すのを止められはしないにしても、おれはいまわのきわには必ずパラダインに祈って、彼女の魂を守ってもらう。神々はおれにひとつ借りがあるのだ。これが――おれの臨終の祈りが――聞き届けられるのには、なぜだか確信がある」

Then she laid her blood-stained hand upon Tanis’s arm. “Go!” she commanded harshly. “Run quickly, back down the corridor. At the end is a door in the wall. You can feel it. It will lead you down into the dungeons. From there you can escape.”

 やがて、キティアラは血に染まった手をタニスの腕に置いた。「お行き!」と語気荒く命じる。「急いで回廊を戻るんだ。回廊の突き当たりの壁に扉がある。触ればわかる。扉の向こうは地下牢だ。そこからなら脱出できるだろう」

“A trap!”
“No,” Tanis said, his eyes going back to Kit. “Not this time. Farewell, Kitiara.”

「罠よ!」
「いや」タニスはキットに視線を戻した。「今回は、違う。さらばだ、キティアラ」

Kitiara’s nails dug into his arm.
“Farewell, Half-Elven,” she said in a soft, passionate voice, her eyes shining brightly in the torchlight. “Remember, I do this for love of you. Now go!”

 キティアラの爪がかれの腕にくいこんだ。
「さらばだ、ハーフ・エルフ」彼女は情熱的な声で低く言った。その瞳は松明の光の中で明るく輝いていた。「忘れないでおくれ、これはおまえを愛しているからだよ。さあ、お行き!」

***

 追記です。今日は帰りが遅くなりそうだったので、17時にスケジュール公開してあったんですが、お出かけ中に考えました。
 この時この姉弟は、"I can(could) kill you"と言いながらそうせず、"Remember,"に続いて自らの意図を告げるところまで同じなのですね。いかようにも訳せる"Remember"を全く同じ「忘れないでおくれ」としているのはわざとなんでしょうか?

2015年2月10日火曜日

戦記6巻p229〜 借り

DRAGONS OF SPRING DAWNING p343

“Kill me, Raistlin.” Caramon looked at his brother with eyes that had lost all expression.
Raistlin paused, his golden eyes narrowed.

“Don’t leave me to die at their hands,”
“End it for me now, quickly. You owe me that much--“

戦記6巻p229

「おれを殺せ、レイストリン」キャラモンはすべての表情を失った眼で弟を見た。
 レイストリンは立ち止まり、金色の眼を半眼にした。

「おれをあいつらの手にかけさせないでくれ」
「今すぐ止めを刺された方がいい。おまえはおれにそのぐらいの借りはあるはずだ――」

The golden eyes flared.
“Owe you!”
“Owe you!”

 金色の眼が燃え上がった。
「僕が兄さんに借り、だって!」
「兄さんに借り、とはね!」

“Know this, Caramon,” he said, and his voice was as chill as the dark waters around them. “I will save your life this once, and then the slate is clean. I owe you nothing more.”

「言っておくけれど、キャラモン」かれの声は周囲の暗い水に負けぬほど冷ややかだった。「今度だけは兄さんの命を助けるけれど、でも、これで一切は帳消しだ。ぼくは兄さんにもうなんの借りもないんだよ」

“Tanis is on his own. I have repaid my debt to him ten-fold,”
“But perhaps I can discharge my debts to others.”

「タニスは放っておいていい。タニスにはもう、借りは十倍にもして返したからね」
「でも、他の者たちには借りを清算しておいてもいいな」

“Just let me…catch my breath.”

Smiling grimly, Raistlin watched his brother stumble toward him. Then the mage held out his arm.
“Lean on me, my brother,”

「少しだけ……息をつがせてくれ」

 レイストリンは凄絶な笑みを浮かべたまま、兄がよろめきながら近づいてくるのを見ていたが、やがて、腕を差し出した。
「ぼくにもたれて、兄さん」かれは低く言った。

***

 このシーンも、シルヴァネスティの悪夢に出てきましたね。兄が弱って、自分を頼りにしているのが嬉しそうなレイスト。しかし、夢の中と違って…。


“They were fools,” Raistlin said bitterly. “The dream warned them”--he glanced his brother--“as it warned others. Still, I may in time, but we must hurry. Listen!”

「二人とも馬鹿だ」レイストリンは辛辣に、「例の悪夢がちゃんと警告していたのに」――と兄を見上げ――「あの映し夢はちゃんとみんなに未来の幻影を見せていたのに。でも、まだまにあうかもしれない。とにかく急ごう、ほら!」

Raistlin looked at his brother. He saw him holding Tas in the big hands that could be so gentle.

 レイストリンは兄を見た。兄が、そんなにも優しくなれる大きな両手でタッスルを抱きかかえているのを見た。

Thus he has held me, Raistlin thought. His eyes went to the kender. Vivid memories of their younger days, of carefree adventuring with Flint…

(キャラモンはこんなふうにぼくを抱いてくれたものだ)とレイストリンは思った。かれの眼は<ケンダー>に移った。脳裏に鮮やかに蘇るものがあった。みんなで過ごしたあの若き日々。フリントに連れられて旅してまわった呑気な冒険の数々……

…now dead. Sturm, dead. Days of warm sunshine, of the green budding leaves on the vallenwoods of Solace…Nights in the Inn of the Last Home…now blacked and crumbling, the vallenwoods burned and destroyed.

 そのフリントはもういない。スタームも死んだ。暖かな陽射しの日々、ソレースのヴァレンウッドに芽吹く緑の若葉……<憩いのわが家>亭の夜……。あの宿屋ももう黒く崩れ落ち、ヴァレンウッドの森ももはや焼き払われた。

“This is my final debt,”
“Paid in full.”

「ぼくの最後の借りだ」
「これで借りはすべて贖ったよ」

“And--after all--empty pockets hold more, as my mother used to say.”

「それに――結局――『ポケットは空のほうがよくはいる』って、母さんがいつも言ってたもの」

“I’m sorry, Flint,”
“Just wait for me a little longer.”

「ごめんよ、フリント」
「もうちょっとだけ待っててね」

2015年2月9日月曜日

戦記6巻p221〜<永遠の男>

DRAGONS OF SPRING DAWNING p339

“Jasla, I am coming!”

Indeed, it seemed less real than a dream.

戦記6巻p221

「ジャスラ!今いくよ!」

 まさしく、これは夢以上に非現実的だった。

Perhaps it was his fevered imagination, but as the Everman neared the jeweled column, the green jewel in his chest seemed to glow with a light more brilliant than Raistlin’s burst of flame.

 おそらくキャラモンが熱のせいで抱いた幻覚かもしれないが、しかしベレムが宝石柱に近づくにつれ、その胸の緑宝石が、レイストリンの炸裂させた炎よりもさらにまばゆさを増してゆくように見えた。

Within that light, the pale, shimmering form of a woman appeared inside the jeweled column. Dressed in a plain, leather tunic, she was pretty in a fragile, winsome way, very like Berem in the eyes that were too young for her thin face.

 その光の中で、宝石柱の内部に青白くゆらめく女性の幻像が浮かび上がった。簡素な革の短衣を着たその女性は、華奢ながらも快活な風で愛らしく、痩せた顔に比べて若すぎる眼がベレムにそっくりだった。

Caramon no longer felt the chill of the air or the water or the pain of his wounds. He no longer felt fear, despair, or hope. Tears welled up in his eyes, there was a painful burning sensation in his throat.

 キャラモンはもはや空気と水流の冷たさも、傷の痛みも感じなかった。恐怖も、絶望も、希望ももはや感じなかった。涙がわきあがり、喉に焼けるような熱いものがこみあげてきた。

Berem faced his sister, the sister he had murdered, the sister who had sacrificed herself so that he--and the world--might have hope. By the light of Raistlin’s staff, Caramon saw the man’s pale, grief-ravaged face twist in anguish.

 ベレムが妹に面している。自分が殺した妹に。兄を――そして全世界を――救うためわが身を犠牲にしてきた妹に。レイストリンの杖の明かりでキャラモンは、ベレムの悲嘆にやつれた青白い顔が苦悩に歪むのを見た。

“Jasla,”
“can you forgive me?”

「ジャスラ」
「おれを許してくれるか?」

There was no sound except the hushed swirl of the water around them, the steady dripping of moisture from the rocks, as it had fallen from time immemorial.

 あたりに聞こえるのは、静かな水のざわめきと、太古から変わらず岩から滴り落ちてくる、着実なしずくの音だけだった。

“My brother, between us, there is nothing to forgive.”

「兄さん、わたしたちのあいだでは、許さなければいけないことなんて何もないのよ」

The image of Jasla spread her arms wide in welcome, her winsome face filled with peace and love.
With an incoherent cry of pain and joy, Berem flung himself into his sister’s arms.

 ジャスラの幻像が、迎えるように両腕を大きく広げ、晴れやかな顔に平和と愛情をみなぎらせた。
 ベレムは苦痛と喜びの入り混じった叫びをあげ、妹の腕の中にわが身を投げた。

Caramon stared at Berem. The body lay crushed upon the rocks. It stirred slightly, as if breathing a final sigh. Then it did not move. For an instant two pale figures shimmered inside the jeweled column. Then they were gone.
The Everman was dead.

 キャラモンはベレムを見つめた。ベレムは無惨に岩の上に倒れていた。そのからだが、最後のため息をつくようにかすかに動いた。そして、二度と動かなくなった。一瞬、二つの青白い人影が、宝石柱の内部に浮かび上がり、やがて、消えた。
<永遠の男>は死んだ。

***

「兄さん、わたしたちのあいだでは、許さなければいけないことなんて何もないのよ」

 同時期に読んでいた「イルスの竪琴」第2巻「海と炎の娘」の、あのクリティカルなシーンと同じくらい、印象的で、忘れがたい言葉でした。ああファンタジー万歳。

 殺し殺されながら愛し合っていた兄妹の再会と死を見つめるキャラモン。あなたがそれを勝ち取るのはまだ先です。ジャスラとベレムが耐え忍んだほどには長くない時間と、大いなる闇を越えた先にあるのですよ。

2015年2月8日日曜日

戦記6巻p215〜 守護者

DRAGONS OF SPRING DAWNING p335

“Yes, my brother,” said Raistlin, answering his brother’s thoughts, as usual. “It is I--the last guardian--the one you must pass to reach your goal, the one Her Dark Majesty commanded be present if the trumpets should sound.”

戦記6巻p215

「そうだよ、兄さん」レイストリンは、いつもどおり兄の考えに答えて言った。「ぼくなんだよ――最後の守り手は。そして、兄さんが目的地にたどり着くためにはどうしても通過しなければならない関門であり、また、万一角笛が響けばこの場に居合わせるよう<暗黒の女王>の命令を受けた者なんだ」

Raistlin smiled derisively. “And I might have known it would be you foolishly tripped my spelltrap….”

 レイストリンは自嘲的に笑った。「予測しておいて然るべきだったな、ぼくの呪文の罠にとびこんでくるような愚か者は兄さんだろうって……」

“You wear the Black Robes now?” he asked through parched lips. “I can’t see…in this light….”

「おまえは今では<黒いローブ>を着ているのか?」かれはからからの口で訊いた。「よく見えないんだ……暗くて……」

“Yes, my brother,” Raistlin replied, raising the Staff of Magius to let the silver light shine upon him. Robes of softest velvet fell from his thin shoulders, shimmering black beneath the light, seeming darker than the eternall night that surrounded them.

「そうだよ、兄さん」レイストリンはマギウスの杖を差し上げて、銀色の光が自分に当たるようにした。薄い方にまとった極上の天鵞絨のローブが明かりの下で黒いつやを放ち、周囲の永劫の夜よりもさらに黒く見えた。

“I don’t understand--“
“No, of course not, dear brother,” Raistlin said, with a touch of the old irritation and sarcasm.

「おれには理解できん――」
「それはそうだろうね、大事な兄さん」レイストリンの声には、以前と同じいらだちと皮肉な調子があった。

The golden, hourglass eyes narrowed, Raistlin’s voice grew soft. No longer forced to whisper, the mage yet found whispering more compelling.

 砂時計のようにくびれた金色のその眼がすっと狭まり、レイストリンの声は低くなった。もはやささやき声を強制されていないのに、レイストリンは、ささやくほうが人に言うことをきかせやすいのに気づいていた。

“No, I am not lying,”
“Not that I can’t lie when it suits my purposes. But you will find, dear brother, that we are close enough still so that I cannot lie to you. And, in any case, I have no need to lie--it suits my purpose that you know the truth.”

「違うよ、ぼくは嘘をついていない」
「でも、嘘がつけないというわけじゃない。大事な兄さんにもいずれわかると思うけれど、ぼくらがいまだにとても緊密な関係にあるから、だからぼくは兄さんに嘘がつけないんだ。それに、いずれにせよ、ぼくには嘘をつく必要がない――兄さんに真実を知ってもらうことは、ぼくにとって好都合なのだから」

“You can’t kill him”--Caramon hoped devoutly Berem was listening and would act when it was time--“only your dark Queen can do that, I suppose. So that leaves--“

「そして、おまえにはベレムは殺せない」――キャラモンは、どうかベレムがこの言葉に耳を傾けていてくれるように、そして機会がきたら行動してくれるように、と必死で願った――「ベレムを殺せるのは、おまえの<暗黒の女王>だけのはずだ。違うか?ならば、残るのは――」

“You, my dear brother,” Raistlin said softly. “Yes, I can kill you….”

「君だよ、親愛なる兄さん」レイストリンはそっと言った。「そうだよ、ぼくは兄さんなら殺せる……」

With Tanis’s unwitting help, I was able to rid myself of the one man upon Krynn who could have bested me. Now I am the most powerful force for magic in this world. And I will be more powerful still…with the Dark Queen gone!”

「タニスが自分ではそうと知らずに手伝ってくれたおかげで、ぼくは、クリン上でぼくを負かせる唯一の男を排除することができた。今ぼくは、魔法に関してはこの世で最強の存在だ。そして、さらに強力になるのだ……<暗黒の女王>が失せれば!」

“Remember, my brother”--Raistlin’s voice echoed in Caramon’s mind--“this happens because I choose it to happen!”

「忘れないでおくれ、兄さん」――レイストリンの声がキャラモンの頭の中で反響した――「この結末は、ぼくがこうなるよう選んだものなのだよ!」

***

“this happens because I choose it to happen!”
「ぼくがこうなるように選んだからだ」

「魂の戦争」以前に、「伝説」以前に、この時点で既に世界の運命を手にしていたレイストリン。いや、《九英雄》の一人一人が、少なくとも一度はそれを手にしていましたね。ああ、だから九英雄だったのか。初読時、なぜティカやローラナが入らずキティアラが入っているのか不思議だったんですが、やっと納得しました。

 どうでもいいですがレイストリン、この引用部分だけで"my brother"を3回、"dear brother"を2回、さらに"my dear brother"と1回言ってます。それも"softly"に、それもあんな文脈で。ああもうこの弟ときたら。そうかそんなに淋しかったんだね。

2015年2月7日土曜日

戦記6巻p206〜 支配者

DRAGONS OF SPRING DAWNINGp330

“Stop!”
“Stop him, Kitiara, or with my last dying strength I will hurl this into the crowd.”

戦記6巻p206

「とまれ!」
「かれを止めろ、キティアラ。さもないと、おれは死ぬ間際に力をふるってこの冠を群衆の中へ放り込むぞ」

“What ‘dying strength’?”
“My magic will shrivel your body to dust, the Crown will fall at my feet.”

「『死ぬ間際の力』とは何かね?」
「我が魔術でそなたは一瞬で塵と化す。さすれば、冠はわが足元に落ちるのみ」

“Lord Soth,”
“halt. Let him who won the Crown bring to me!”

「ソス卿」
「控えよ。冠を勝ち得しものに、その冠をわがもとへ持ち来たらせよ!」

Tanis glanced at Lord Soth, who slowly lowered his deadly hand. “He is your master, still, my lady,”

 タニスはちらとソス卿を窺った。ソスは死を呼ぶその腕をゆっくりとおろした。「わが女卿よ、この男は依然としてあなたの主なのだな」

Whoever has the Crown, rules, but that could all end in the dead of night with one thrust of an assassin’s dagger!

『この冠を持ちたるものこそ支配者なれ』――だが、その支配力とは、夜中に暗殺者に一突きされればすべておしまいのものなのだ!

“Truly you and I were meant to rule together! You were wonderful, magnificent! I will give you anything…anything--“

“Laurana?”

「まさしく、おまえとわたしはともに支配するべく定められていたわけだ!でかしたぞ、素晴らしい!なんでも望みのものを取らせよう……なんなりと――」

「ローラナは?」

“If you want her,”
“But you will have me, Tanis. By day we will command armies, rule the world. The nights, Tanis! They will be ours alone, yours and mine.”

「それが望みならばな」
「だが、おまえにはわたしがいるではないか、タニス。昼は二人で軍隊を指揮し、世界を支配する。そして、夜には!夜は二人だけのものだ、タニス、おまえとわたしだけの」

“No, Kitiara,”
“One of us will rule by day and by night--me.”

「いや、キティアラ」
「昼も夜も、支配するのは唯一人――このおれだ」

***

“One of us will rule by day and by night”
 噛めば噛むほどに、邦訳とは違った意味が沁みてきます。その前のキティアラ様の台詞も。それにしても<力の冠>の支配力って何なんでしょう?ただの象徴ではないでしょうけれど。<暗黒の女王>の寵あって初めて効果が発揮されるものなんでしょうか?

2015年2月6日金曜日

戦記6巻p201〜 終局

DRAGONS OF SPRING DAWNING p327

The end is near, for good or for evil, Tika had said. Caramon was beginning to believe it himself. Stepping into the water, he felt the strong current sweeping him forward and he had the giddy feeling that the current was time, sweeping him ahead to--what? His own doom? The end of the world? Or hope for a new beginning?

戦記6巻p201

『終局が近づいている。善かれ悪しかれ』とティカは言っていた。キャラモンもそれを信じ始めていた。水に足を踏み入れると、それに押し流されてゆくような錯覚を覚えた――いったいどこへ?かれ自身の運命へ?世界の終末へ?それとも、新たな始まりの希望へ?

“There it is!” Berem said, catching his breath with a strangled sob. “I see the broken column, the jewels gleaming on it! And she is there! She is waiting for me, she was waited all these years! Jasla!”

「あそこだ!」ベレムがすすり泣くような声で息を詰めた。「折れた円柱が見える!宝石が散りばめられている円柱だ。それから、彼女がいる!俺を待っている。この長い年月のあいだ、ずっとおれを待っていたんだ。ジャスラ!」

Perhaps this is a way out, for me, at least. Let Berem join his ghostly sister of his. All I want is a way out, a way to get back to Tika and Tas.

(おそらくこれが出口だろう――少なくとも、おれにとっては。ベレムは自分の妹の亡霊と一緒になればいい。おれの欲しいのは出口だけだ。ティカとタッスルのもとへ戻る出口――)

His confidence returning, Caramon strode forward. A matter of minutes and it would be over…for good…or for…

 キャラモンは自信を取り戻して足を踏み出した。あと数分で終わるのだ……これでおしまいだ……善かれ……悪し……

“Shilak,” spoke a voice.
A bright light flared.

「シラク」唱える声。
 まばゆい光が閃いた。

Caramon’s heart ceased to beat for an instant. Slowly, slowly he lifted his head to look into that bright light, and there he saw two golden, glittering, hourglass eyes staring at him from the depth of a black hood.
The breath left his body in a sigh that was like the sigh of a dying man.

 キャラモンの心臓が瞬間、鼓動を停めた。そろそろとかれは顔を上げ、まばゆい光の中を見た。そこにあったのは、黒いフードの奥からかれを見つめる、砂時計のようにくびれた、金色に輝く二つの眼。
 キャラモンの口から、末期の吐息のような嘆息がもれた。

2015年2月5日木曜日

戦記6巻p194〜 冠

DRAGONS OF SPRING DAWNING p323

Who had spoken? Suddenly Tanis’s eyes were caught by the sight of a figure standing near the Queen of Darkness. Robed in black, it had escaped his notice before. Now he stared at it, thinking it seemed familiar. Had the voice come from that figure? If so, the figure made no sign or movement.

戦記6巻p194

 誰の声だ?不意に、タニスの眼は<暗黒の女王>のかたわらに立つ人影に引きつけられた。黒いローブに身を包んでいるので、今まで気づかなかったのだ。今気づいてみると、どこか見覚えがあるようである。ささやいたのはこの人物か?もしそうとしても、人影はなんの徴もそぶりも見せない。

“Strike, Tanis!” whispered once more in his brain. “Swiftly!”

「討つのだ、タニス!」脳裏に再びささやく声。「早く!」

I have no choice, Tanis said to himself. If it is a trap, so be it. I choose this way to die.
Feigning to kneel, holding his sword hilt-first to lay it upon the marble platform, Tanis suddenly reversed his stroke. Turning it into a killing blow, he lunged for Ariakas’s heart.

 迷っている暇はない、とタニスは自分に言い聞かせた。罠なら罠でもしかたない。一か八か賭けるまでだ。
 タニスは剣を逆手に持ち、大理石の台座に置くためにひざまずくふりをしながら、いきなり刃を反転させた。渾身の力をふるって、アリアカスの心臓めがけ突き進む。

***

「逆手に持ち」=”holding his sword hilt-first”。覚えたからって使い道があるわけでもない、こういうことを覚えるのが結構好きです。


Tanis could do nothing. He had no protection against the magic and somehow he knew that his unseen helper would help no more. It had already achieved what it desired.

 タニスにはどうにもできなかった。魔術に対してかれは身を守るすべを持たず、また、謎の助力者ももはや手を貸してくれそうにないのが、なぜかかれにはわかった。助力者はすでに己の目的を達したのだ。

But she abandoned weaklings. As she had watched Ariakas strike down his father, so she watched Ariakas himself fall, her name the last sound to pass his lips.

 しかし、<女王>は敗北者を顧みることはなかった。かつてアリアカスが父親を弑するのを静観していたごとく、<女王>は、今またアリアカスが<女王>の名を唇にのぼらせながら倒れるのを静観していた。

Who would claim it?
Their was a piercing scream. Kitiara called out a name, called to someone.
Tanis could not understand. He didn’t care anyway. He stretched out his hand for the Crown.

 冠を取るのは誰か?
 鋭い叫び声があがった。キティアラが大声で何者かの名を呼んでいる。
 タニスには聞き取れなかった。どのみち、かれは構わなかった。タニスは冠へと手を差しのべた。

Suddenly a figure in black armor materialized before him.
Lord Soth!

 突然、かれの前に黒い鎧姿の男が出現した。
 ソス卿!

***

 この時キティアラ様が呼んでいたのは…タニスの名だったとしたら、いかに興奮状態にあっても本人にはわかったでしょうから、やっぱりソス卿だったのでしょうか。それに応えて”materialize”するという表現がたまりません。


But as he lifted the blood-stained piece of metal above his head, as his eyes fixed unafraid upon Lord Soth, the hushed silence in the Hall was split by the sound of horns, harsh blaring horns.

 しかし、タニスが怯えをみせぬ眼でソス卿を見据え、血に染まったこの冠を頭上に掲げた瞬間、静まりかえった大広間の沈黙をつんざいて、角笛の音が、荒々しい角笛の音が鳴り渡った。

Twice before, the harsh blaring of the horns had brought death and destruction. What was the terrible portent of the dread music this time?

 かつて二度、荒々しい角笛の音は死と破壊の先触れとなった。今回、この恐怖の音色はどんな凄惨さをもたらすのであろうか?

2015年2月4日水曜日

戦記6巻p189〜 声

DRAGONS OF SPRING DAWNING p320

“You betrayed me!” he choked. “This was not part of the plan!”
“Hush!” ordered Kit in a low voice. “Or you will destroy everything!”

戦記6巻p189

「おれを裏切ったな!」かれは息ができなかった。「そんな話は計画になかった!」
「しっ!」キティアラが低く制する。「すべてをぶち壊したいの?」

I grant your request. The elfwoman’s soul will be given to Lord Soth, and we accept the half-elf into our service. In recognition of this, he will lay his sword at the feet of Lord Ariakas.

《そなたの申し出は叶えてやろう。エルフ女の魂はソス卿に下し、ハーフ・エルフはわが僕に加える。その証として、その者は剣をアリアカスの足下に置くべし》

“Ascend the platform and lay your sword at Ariakas’s feet,”
“It is ritual, nothing more. But it buys me time.”

“Time for what? What do you have planed?”
“You should have told me--“

「台座へ上って、自分の剣をアリアカスの足下に置くのよ」
「ただの儀式だよ。だが、その間に時間が稼げる」

「なんの時間が?いったい君は何を計画しているんだ?」
「なぜおれに内緒にしていた――」

“The less you know the better, Tanis.” Kitiara smiled charmingly, for the sake of those watching. There was some nervous laughter, a few crude jokes at what appeared to be a lover’s parting. But Tanis saw no answering smile in Kit’s brown eyes.

「知らないほうがおまえのためだ、タニス」キティアラは魅力たっぷりに微笑した。しかしそれは群衆の眼を意識したもので、案の定、数カ所から意味ありげな笑い声がわき、“恋人たちのしばしの別れ”をからかう声があがった。しかし、キティアラのとび色の目が微笑していないのは、タニスが知っていた。

Whoever holds the Crown, rules! The words rang in Tanis’s mind.
Kill Ariakas, take the Crown!

『この冠をもちたる者こそ支配者なれ!』その言葉がタニスの脳裏で鳴り響く。
 アリアカスを殺して、冠を奪うのだ!

Ariakas had been watching Tanis with a bored expression, a smile of amused contempt on his face. Then he lost interest in the half-elf completely, having other matters to worry about. Tanis saw the man’s gaze go to Kitiara, pondering.

 アリアカスは退屈げな表情で、うっすらと軽蔑の笑みを浮かべながらタニスを見ていたが、やがてすっかりかれに興味を失い、当面の頭痛の種に心を戻した。タニスは、アリアカスが考え込みながらキティアラに視線を移すのを見た。

Ariakas had the look of a player leaning across a gameboard, contemplating his next move, trying to guess what his opponent intends.

 アリアカスは、まるでゲーム盤に身を乗り出して次の一手を思いめぐらし、敵の胸の内を読もうとしているプレイヤーのような眼をしていた。

That aura of power surrounding him…Ariakas was a magic-user!

Of course, that’s why there were no guards! Among this crowd, Ariakas would trust no one. He would use his own magic to guard himself!

The half-elf’s shoulders slumped. He was defeated.

 かれのまとっているあの霊気……アリアカスは魔法の使い手なのだ!

 当然、護衛はいないはずである!この群衆のなかで、アリアカスは誰も信用していないのだ。かれはわが身を守るのに自分の魔術を恃んでいるのである!

 タニスはがくりと肩を落とした。敗北は決まった。

And then, “Strike, Tanis! Do not fear his magic! I will aid you!”

 が、そのとき。「討て、タニス!かれの魔術を恐れるな!手を貸そう!」

The voice was no more than a whisper, yet so clear and so intense, Tanis could practically feel hot breath touch his ear.

 その声はささやき声でしかなかったが、あまりにも鮮明で激しかったので、タニスは熱い息を耳に感じた気さえした。

***

「討て」が英語ではどんな言葉だったのかも、数多の気になっていたポイントの一つでした。”Strike”ですかふむふむ。
 いいところですがここでカットします。もう6巻に何回かかるのとか気にしてませーん。

2015年2月3日火曜日

戦記6巻p178〜 角笛

DRAGONS OF SPRING DAWNING p314

“Jasla calls …”
“In there, I must go….Guards…tried to stop me. You come with me.”
Then Caramon realized that the guards must have been guarding this arch! For what reason?

戦記6巻p178

「ジャスラが呼んでいる……」
「あっちだ。おれは行かなくちゃ……。警備兵が……邪魔をした。あんた、一緒に来てくれ」
 その時キャラモンは気づいた。警備兵が守っていたのはこのアーチ道に違いない!だが、なんのために?

Passing between the stone supports, Caramon felt something brush across his face. “Cobweb!” he muttered, pawing at it disgust. He glanced around fearfully, having dread of spiders.

 石の支柱のあいだを通るとき、何かがかれの顔を撫でた。「蜘蛛の巣か!」キャラモンはつぶやいて、嫌悪もあらわに巣をはらった。かれは蜘蛛が怖いのだ。

***

 ここへ来てまさかと思いました。蜘蛛が怖い大男の戦士キャラモン。この蜘蛛の巣のようなものが魔法の仕掛けだったわけですね。


The air was split with trumpet blasts.
“Trapped!”

 と、トランペットの高音が空気をつんざいた。
「罠に落ちたか!」

The dream!
These had been the doors he saw in the Silvanesti dream! This had been the lock. The simple, simple lock with the simple trap! And Tika had been behind him, fighting…dying…

 例の悪夢!
 この扉は、かれがシルヴァネスティの悪夢で見た扉だった!この錠前も。簡単な、単純な錠に、単純な罠!そして、あのときはかれの背後でティカが防戦しており……やがて殺された……。

“I--I don’t think I can, Tika,”

You’ve got the courage to walk it, 

And--as in the dream--he saw Tika, lying at his feet, blood flowing into her red curls.

「ぼく――ぼく、できないよ、ティカ」

『おまえには暗い道を歩ける勇気がある……』

 そして今――悪夢の中と同じく――ティカが足元に倒れていた。赤い巻き毛を血に染めて。

“No!” Tas shrieked in rage. The wire slipped, his hand struck the lock.
There was a click as the lock opened. And with the click came another small sound, a brittle sound, barely heard; a sound like “snick.” The trap sprung.

「そんな!」タッスルは怒って叫んだ。針金が滑って、手が錠前にぶつかる。
 カチリという音がして、錠が開いた。そして、その音と同時にもう一つ小さな音が。かすかな、ほとんど聞こえないほどの音。「ぷつり」とでもいうような音が。罠がとび出したのだ。

Then he heard horns, blaring horns, brass horns. He had heard those horns before. Where? That’s right. It was in Tarsis, right before the dragons came.

 そのとき、角笛が響くのが聞こえた。荒々しい角笛。真鍮の角笛の音。以前にも、その音は聞いたことがあった。いったいどこで?そうだ。タルシスだ。邪竜の来襲の直前に。

“I’m sorry, Tika,”
“I’m sorry, Caramon. I tried, I truly tried--“

「ごめんね、ティカ」
「ごめんよ、キャラモン。ぼく、頑張ったんだけど、ほんとに頑張ったんだけど――」

***

 タッスルも頑張ったよ、ほんとに頑張ったよ。
 さあ何をぐだぐだしてるんですか、次に頑張る人!

2015年2月2日月曜日

戦記6巻p166〜 まなざし

DRAGONS OF SPRING DAWNING p306

At the sight of her enemy, the woman who had betrayed her, Laurana drew herself to her full height. For a moment, her fear was forgotten in her anger. Imperiously she glanced beneath her, then above her, her gaze sweeping the great Hall.

戦記6巻p166

 敵の姿、裏切り者の敵の女の姿を見て、ローラナはきっと背を伸ばした。一瞬、ローラナの恐怖は怒りの中に紛れた。ローラナは傲然と、眼下を、頭上を、大広間の内部を見まわした。

Fortunately, she did not look behind her. She did not see the bearded half-elf dressed I dragon armor, who was watching her intently.

 幸運なことに、彼女は、背後はふり返らなかった。竜鎧をつけた顎鬚のあるハーフ・エルフが彼女をじっと見つめているのには気づかなかった。

Her face deathly pale, Laurana turned back to look at Kitiara as if she were the only fixed point in a swirling universe. Tanis saw Laurana’s teeth clench, biting her lips to keep control .She would never show her fear to this woman, she would never show her fear to any of them.

 ローラナは死人のように青ざめた顔でふり返り、まるで渦巻く宇宙の中での唯一の固定を見るようにキティアラを見た。そして歯を食いしばると、唇を噛んで自制を保った。決してこの人間女性には怯えを見せまい、敵の何人にも怯えを見せまいというように。

Kitiara made a small gesture.
Laurana followed her gaze.
“Tanis…”

 キティアラが小さく合図した。
 ローラナがキティアラの視線を追う。
「タニス……」

Turning, she saw the half-elf, and, as Laurana’s eyes met his, Tanis saw hope shine. He felt her love for him surrounded him and bless him like the dawning of spring after winter’s bitter darkness.

 ローラナはふり返って、かれがいるのに気づいた。タニスの姿を認めてその瞳が希望に輝くのが、かれにはわかった。タニスは、ローラナから注がれる愛情がかれを包み、辛い冬の闇のあとの春の曙のようにかれを祝福してくれるのを感じた。

One look, that was all he could give Laurana. One look that must carry the message of his heart, for he could feel Kitiara’s brown eyes on him, watching him intently.

 たった一つのまなざし、かれがローラナに送れるのはそれだけだった。かれの心を伝えるまなざし。なにしろ、キティアラのとび色の眼がかれを見つめ、隙なく観察しているのである。

Aware of those eyes, Tanis forced his face to reveal nothing of his inner thoughts.

 それを思って、タニスは内心の感情を一切おもてに出すまいと表情を引き締めた。

2015年2月1日日曜日

戦記6巻p157〜 嘲笑

DRAGONS OF SPRING DAWNING p301

Tanis, from where he stood upon the steps of Kitiara’s platform, followed Ariakas’s Gaze, stern and cold beneath the crown. The half-elf’s ears had picked at the sound of Toede’s name. An image of the hob goblin came swiftly to his mind as he had seen him standing in the dust of the road to Solace.

戦記6巻p157

 タニスはキティアラの台座の階段上に立っていたが、アリアカスが冠の下から睨みつける冷たい視線をたどった。タニスの耳は、先ほどトードの名を聞いたときぴくりとした。ソレースへ向かう街道の塵埃の中に立っていたあのホブゴブリン。

The vision brought back thoughts of what warm autumn day that had seen beginning of this long, dark journey. It brought memories of Flint and Sturm….Tanis gritted his teeth and forced himself to concentrate on what was happening.

 その幻像は、タニスにあの暖かい秋の日のことを思い出させた。この長く暗い旅路の始まりとなったあの秋の日。そして、フリント、スターム……。タニスは歯を食いしばり、眼の前で起きていることに無理やり意識を集中した。

***

 過去のものとなってしまえば、トード卿すら懐かしい。レイストに脅されて竦み上がっていた姿とか、なんだか憎めませんでした。ヴェルミナアルドが可愛がっていたのもわかるような。


The past was over, finished, and --he hoped fervently--soon forgotten.

 過去は過ぎ去ったのだ、終わったのだ、そして――とタニスは一心に願った――すぐに忘れられるとも。

“I--I regret to inform His Lordship and Her D-Dark Majesty”--a nervous glance at the shadowy alcove that was, apparently, still vacant--“that Dragon Highlord To--uh, Toede has met unfortunate and untimely demise.”

「い、遺憾ながら、アリアカス卿閣下ならびに<女王>陛下にご報告申し上げます」――と、いまなお空席の明らかな暗い壁龕を神経質にちらりとみやって――「ド、ドラゴン卿ト――トード閣下は、無念の最期をとげられました」

Standing on the top step of the platform where Kitiara sat enthroned, Tanis heard a snort of derision from behind Kit’s dragonhelm. An amused titter ran through the crowd below him while dragonarmy officers exchanged knowing glances.

 キティアラの玉座の台座への階段上にいたタニスには、キットが竜兜の奥で小さく嘲笑の声をあげたのが聞こえた。眼下の群衆のあいだにも、小気味よさそうな忍び笑いが走る。

Lord Ariakas was not amused, however. “Who dared slay a Dragon Highlord?” he demanded furiously, and at the sound of his voice--and the portent of his words--the crowd fell silent.

 しかし、アリアカス卿は愉快がってはいなかった。「ドラゴン卿たる者を手にかけるとは、いったい何奴か?」アリアカスは猛々しく問い質した。その声が轟くなり――そしてその意味を察するなり――群衆はさっと静まった。

***

 はいアリアカス卿、ここにも一人ドラゴン卿を手にかけた者がいるんですけど?かれについて山ほど耳にしていたそうですが、どうやら最後までその正体に気付かなかったようですね。


“Highlord Toede was foully murdered by a kender named Kronin Thistleknott, and his troops driven from--“

「トード卿は、クローニン・シスルノットなるケンダーの騙し討ちにあい、卿の部隊は駆逐され――」

With his gloved hand, Ariakas made an irritated, sweeping gesture. Silence fell instantly over the assemblage.
And then the silence was broken.
Kitiara laughed.

 アリアカスがいらだたしそうに、手袋をはめた手を一旋させた。たちまち室内が静まりかえる。
 が、その沈黙が破れた。
 キティアラが声を立てて笑っていた。

It was mirthless laughter, arrogant and mocking, and it echoed loudly from the depths of the metal mask.

 楽しくて笑っているのではない――高飛車な嘲笑が、金属面頬の奥から大きくこだましてくるのである。

His face twisted in outrage, Ariakas rose to his feet. He took a step forward and--as he did so--steel flashed among his draconians on the floor as swords slid out of scabbards and spear butts thudded against the floor.

 アリアカスは憤怒に顔を歪ませて立ち上がった。かれは一歩踏み出し――それに呼応して――居並ぶかれのドラコニアン兵も、閃光をひらめかせて剣の鞘をはらい、槍の石突きを床に打ちすえた。

At the sight, Kitiara’s own troops closed ranks, backing up so that they pressed closely around the platform of their lord, which was at Ariakas’s right hand. Instinctively Tanis’s hand closed over the hilt of his sword and he found himself moving a step nearer Kitiara, though it meant setting his foot upon the platform where he was not supposed to tread.

 この光景に、キティアラの兵たちも隊伍を詰め、アリアカスの右手側にある彼女の台座をぐるりと守り固めた。タニスは本能的に剣の柄に手をかけ、思わず一歩キティアラに近づいていた。それにより、登ってはならない台座に足を踏み入れてしまったのだが。

Kitiara did not move. She remained seated, calmly regarding Ariakas with scorn that could be felt, if not seen.

 キティアラは動じていなかった。彼女は玉座にすわったまま、平然とアリアカスを見ていた。その視線には軽蔑が――眼には見えなかったにしても――感じられた。

***

“did not move”、これを「動かなかった」ではなく「動じなかった」と取る文系英語力の凄さ…。
 どこまでも余裕のキティアラ様、ダルガールドで不意打ち食らってソス卿のおかげで生き延びたときのリベンジ成功ですね。激昂して立ち上がっちゃったアリアカスの敗北は、もうここで決まっておりました。

2015年1月31日土曜日

戦記6巻p148〜 叱咤

DRAGONS OF SPRING DAWNING p296

He feigned unconsciousness, however, not knowing what else to do. Why wasn’t Tanis here, he thought despairingly, once more cursing his own slowness of mind.

戦記6巻 p148

 しかし、かれは失神したふりをつづけた。ほかにどうすればよいかわからなかった。なぜタニスはここにいないのだろう、とかれは歯痒く重い、またもや自分の頭の回転の鈍さを呪った。

Then, quit belly-aching, you big ox! They’re depending on you! Came a voice in the back of his mind. Caramon blinked, then caught himself just as he was about to grin. The voice was so like Flint’s, he could have sworn the dwarf was standing beside him!

 そのとき、(愚痴はやめんか、この鈍牛!みんなおまえに頼ってるんだぞ!)という声が頭の奥で聞こえた。キャラモンは瞬きをし、苦笑しかけて慌てて気をひきしめた。その声があまりにもフリントらしくて、かれはあの<老ドワーフ>がかたわらに立っているような気がした。

Then he froze, watching in amazement as Berem lurched forward, grabbed Gakahn, and lifted him off the stone floor. Carrying the wildly frailing draconian in his hands, the Everman hurtled out of the jail cell and smashed Gakahn into a stone wall.

 そして、かれは凍りついた。驚いたことに、ベレムがだっと跳び出すや、ゲイカーンをつかんで石の床から持ちあげたではないか。ベレムは四肢をばたつかせて抵抗するゲイカーンを両手で抱えると、牢の外の石壁に力いっぱい投げつけた。

The draconian’s head split apart, cracking like the eggs of the good dragons upon the black alters.

 ドラコニアンの頭が砕け散る――あたかも、善竜たちの卵が悪の祭壇の上で割れたように。

“She calls me!” Berem whispered hoarsely.

「彼女がおれを呼んでいる!」ベレムはかすれた声でささやいた。

“I’ve got a plan. We must split up. Tas and I will draw them off.”

“Hurry, Caramon! You’re the only one strong enough to protect him. He needs you!”

「わたしに考えがあるわ。ここで分かれましょう。わたしとタッスルは追っ手を引きつけておく」

「急いで、キャラモン!ベレムを守るにはあなたの力が必要よ。かれにはあなたが必要なのよ!」

“Tika…” he began, trying to think of some argument against this wild scheme. But before he could finish, Tika kissed him swiftly and--grabbing a sword from a dead draconian--ran from the jail cell.

“I’ll take care of her, Caramon!”

「ティカ……」かれは、この乱暴な計画に何か反論する言葉はないものかと探りながら口を開いた。しかし、言い終わらないうちに、ティカが素早くかれにキスをし、そして――死んだドラコニアンから剣を奪うと――牢から駆け去ってしまった。

「ティカにはぼくがついてるからね、キャラモン!」

***

 ティカ、凄いよティカ。囚人護送車で初めて矢を射かけられたときからずっと、悲鳴も上げず、表だって泣きごとも言わず。この後もずっと「伝説」まで苦労し続けるかと思うと…本当キャラモンにはもったいない嫁です。


“I am alone…”

“No, there’s Berem. He’s alone, too. Tika’s right. He needs me now. He needs me.”

(おれは一人きりだ……)

(いや、ベレムがいる。かれも一人きりだ。ティカの言ったとおりだ。今、かれにはおれが必要なんだ。おれが必要なんだ)

***

 鈍牛キャラモン、”need”という言葉は二回繰り返されないと把握できないようです。ね、この時も。

“I don’t need you any more! I don’t need you!”


His mind clear at last, Caramon turned and ran clumsily down the northern corridor after the Everman.

 ようやく心が晴れて、キャラモンは身を返し、<永遠の男>を追って北側の回廊をぎこちなく走りはじめた。

2015年1月30日金曜日

戦記6巻p143〜 謁見の間

DRAGONS OF SPRING DAWNING p293

All around the domed ceiling, in alcoves similar through smaller than the Highlords’ alcoves, perched the dragons. Almost invisible, obscured by their own smoking breath, these creatures sat opposite their respective Highlords’ alcoves, keeping vigilant watch--so the Highlords supposed--upon their “masters”.

戦記6巻p143

 丸天井を取り囲むように、各ドラゴン卿の壁龕ほど大きくはないが、同様の壁龕があり、その中に邪竜たちが止まっていた。自身の出す煙った息のせいでほとんど姿は隠れているが、邪竜たちはそれぞれ自分のドラゴン卿の壁龕の対面に坐し、“主”のために警護怠らぬ眼を――とドラゴン卿たちは思っていた――配っていた。

Actually only one dragon in the assemblage was truly concerned over his master’s welfare. This was Skie, Kitiara’s dragon, who--even now--sat in his place, his fiery red eyes staring at the throne of Ariakas with much the same intensity and far more visible hatred than Tanis had seen in the eyes of Skie’s master.

 しかし現実には、この集団の中で本当の主の利を考えているのは、ただ一頭だけだった。それがスカイア――キティアラの騎竜である。スカイアは、たった今も、自分の座から燃えるような赤い眼でアリアカスの玉座を睨み据えていた。その眼には、タニスが先刻スカイアの主の眼に見たのと同じような激しさと、そしてさらに露骨な憎悪がうかがえた。

***

 三回前で「ソス卿が生身の男性だったら良かったのに」と語りましたが、ここは、スカイアが人間だったら良かったのに!と叫びます。ギルサナスとシルヴァラがありなら、キティアラとスカイアもありでしょ?スカイアとしては、「キティアラがドラゴンでないのが残念(青いドラゴン女卿の竜)」とか「彼女が女神だったら(魂の戦争)」と思っているようですが。この世界のドラゴンは魔法で人型になれるんだから、ここは君のほうが譲歩しましょうよ、ねえ。

(独り言:人型スカイアとキティアラのファンアートなんてどこかにないかなあ…)


“The Crown of Power,” Kitiara murmured, and now Tanis saw emotion in her eyes--longing, such longing as he had rarely seen in human eyes before.

「<力の冠>だ」キティアラがつぶやく。彼女の眼が熱っぽく光るのがタニスに見えた。切望の眼――人間の眼にこれほどの切望が宿るのを、かれは稀にしか知らなかった。

“’Whoever wears the Crown, rules,’” came a voice behind her. “So it is written,”
Lord Soth. Tanis stiffened to keep from trembling, feeling the man’s presence like a cold skeletal hand upon the back of his neck.

「『この<冠>をつけたる者こそ支配者なれ』」彼女の背後から声がした。「そう書かれている」
 ソス卿である。タニスは震えまいと身を固くした。ソス卿の存在は、まるで冷たい骸骨の手でうなじを触られるようだった。

“Fetch the elfwoman,”

“You promised!”

Staring him coldly, Kitiara snatched her arm free, easily breaking the hakf-elf’s strong grasp. But her brown eyes held him, drained him, sucking the life from him until he felt like nothing more than a dried shell.

「例のエルフ女をここへ」

「君は約束したな!」

 キティアラは冷ややかな目を向けると、かれの力のこもった手をたやすく振りほどいた。しかしそのとび色の眼はタニスを見据えたまま、かれの生気を吸い上げ、吸いつくしてゆき、ついには、かれは自分が干からびてしまったように感じた。

***

 すみません、”Fetch”と言われてMac用のFTPソフトを連想しました。ファイルをくわえて走ってくるビーグル犬のアイコン…ああソス卿の怖さが台無し。


“But I want your word of honor, Tanis Half-Elven, that you will return to me.”
“I give it,”

「だが、名誉にかけて誓えよ、ハーフ・エルフのタニス、必ずわたしのもとへ戻ってくると」
「誓うとも」

Kitiara smiled. Her face relaxed. It was so beautiful once more, that Tanis, startled by the sudden transformation, almost wondered if he had seen that other cruel face at all.

 キティアラが微笑した。表情が緩む。その顔が再び見事なあでやかさを取り戻したので、タニスはその急変貌ぶりに驚き、先ほどまでの残酷な裏の顔を本当に見たのだろうかと訝りたくなった。

Turning, she saw Lord Soth enter the antechamber, his guards bearing a white-wrapped body in their fleshless arms. The eyes of the vibrant, living woman and the vacant eyes of the dead knight met in perfect agreement and understanding.

 ふり向くと、ソス卿が控えの間にはいってきたのだった。かれの護衛たちの骸骨の腕には、白い布に包まれた人体が抱えられている。生気のみなぎる女戦士の眼と、亡霊の騎士の虚ろな眼が合い、完璧な理解と合意を示した。

Lord Soth bowed.
Kitiara Smiled, then--turning--she entered the Hall of Audience to thunderous applause.

 ソス卿が一礼する。
 キティアラは微笑し、そして――向き直ると――謁見の大広間へ、大歓声を浴びながら入場した。