2016年8月20日土曜日

So tasty?

「ドラゴンランス 過ぎゆく夏の夜の集い」参加作品です。


So Tasty?




「ああ、腹が減った。肉が、肉が食いたい」
 街道を外れた森の小径沿いの、今夜の野営地と決めた草地。焚き火を見つめながら大男の戦士はぼやいた。
「あんたが手にしてる、その椀の中身はなんなのさ、キャラモン」ケンダーが、火にかけた鍋から自分の分をよそいながら言った。
「ウサギの肉と、山芋のシチュー、のはずだったよな…?」
 ほかほかと湯気をあげていた肉片と芋はすでにかれの胃の中に消えていた。だが。
「さっぱり、食った気がしないけどな」
 全員――ハーフ・エルフのタニス、ドワーフの戦士フリント、ソラムニア騎士の息子スターム、大男キャラモンと双子の弟レイストリン、二人の異父姉キティアラ――の目がタッスルホッフに集中した。
「おまえさんが余計なものを放り込むから、食べた気がしなくなったんじゃ、このいかれケンダーが! 何が『とっておきの不思議な木の実』じゃ」ドワーフがぶつぶつと文句をつける。
「そんなつもりじゃなかったんだよ」タッスルは涙目で抗弁した。「ぼくは本当にすてきな木の実を入れようとしたんだよ、なのにフリントが邪魔するから、どこかの魔法使いがうっかり落とした小瓶の中身が入っちゃったんじゃないか!」
「もうよさないか」ハーフ・エルフが眉間をほぐしながら言う。
「味がしなくなるだけで、特に害はないということだったろう? レイストリン」
「ええ、それは保証します」椀を受け取りながら、魔法使いが答える。
「どこかの軟弱な魔法使いが、苦い薬を飲みやすくしようとして作った代物を『うっかり落とした』のでしょうね」
 中身を調べた後、少しでも風味をつけようと呪文用の薬草を入れてみたが、効果はなかったようだ。一口啜って、残りを兄に差し出す。ありがたく受け取ったキャラモンが、神妙な顔で何やら唱え出した。
「これは肉だ、焚火であぶった分厚い肉だ、ほら、じゅうじゅうと滴り落ちる脂の匂いが鼻いっぱいに……」
「いい加減にしたまえ」そういうスタームも食欲がわかないようだ。
「これでも、ブーツで出汁をとった枯葉のスープよりはましだわよ」キティアラが形の良い唇を尖らせ、自分のシチューを吹き冷ました。
「それに、わたしたちの収穫が貧弱だったせいもあるしね、タニス?」その様を熱っぽく見つめていた視線に気づき、こっそりとウィンクしてみせる。
「あ、ああ。すまないな、みんな」タニスは赤くなって目をそらした。キティアラと食材狩りをかって出たものの、久しぶりに二人きりで過ごす時間に夢中になってしまい……結局得られたのは痩せたウサギ一匹だけだったのだ。
「あなたのせいではない」何も知らないスタームの慰めが、かえってハーフ・エルフをいたたまれない気持ちにさせた。「どのみち、この近辺にウサギより大きい生き物はそうそういないのだし」
「そうでもありませんよ、騎士どの。たっぷり肉のついた生き物ならいますよ」
 レイストリンが荷から呪文書を取り出し、頁をめくる。
「何じゃと? わしはこのあたりには慣れておるが、そんなもの……」
「頭も、肉も固い老ドワーフに、ハーフ・エルフ、人間が四人に、食べるところが少なそうなケンダー……」
 シチューを口に運んでいた連中が、そろって咽せた。
「さらに味がしなくなったわ!」顔を赤紫にしたフリントに、
「食べたら食あたりを起こしそうなのが一人いるな」一周して冷静さを取り戻したタニス。
「お気に召しませんか? ではこういうのはどうです。牧羊犬に赤ギツネ、ヒョウにハヤブサに、リスはやっぱり食べでがないですね」
「…いい加減にしてくれと言っているだろう」スタームの手が震えている。
「なんの話? ヒョウなんてアバナシニアで見たことないわよ?」
「ああ、キティアラはあの時いなかったものね。あのね、みそさざいがぼくのところに来て言ったんだよ、『助けて』って……」
 元気を取り戻したタッスルが勢いよく語りだす、あの冬の夜の物語。頭上をゆったりと巡る、ソリナリ、ルニタリ、そして星々。
 焚き火が落ちる前に、キティアラが松明に火を移す。
「最初の見張りは任せて。レイストはもう休みなさい」
「姉上ならさしずめ黒猫か、いや雌ライオンかな」呪文書を閉じる音と、ささやき。
「あの時は食料がたっぷりあったから良かったものの」鎧の音。
「ああー、やっぱり食った気がしやしない!」ぼやき声。
「キャラモン、頼むからおれたちに食欲を起こすなよ」ため息。
「そこのうるさいやつをリスにしてくれてやれ!」がなり声。
「ええっ、ここからが面白いところなのに!」むぐっと口を塞がれる音。
 それらが静まりかえったのを確認して、松明の灯りが当たらないように注意しながら、キティアラは懐からこっそり携帯食料を取り出した。包囲戦で飢えを経験して以来、自分用の最後の一口だけは常に隠し持っているのだ。だが……
(味がしない?!)
 どうやら件の薬の効果は、料理ではなく口にした人の味覚そのものに及ぶようだ。いったいいつまで続くものやら。忌々しげにケンダーを睨みつける。明日の食料調達はタッスルに押しつけてやろう。

 そして、いまだ味覚と嗅覚が微妙なままのタッスルが集めたキノコを食べた一行の惨状には、はるかパランサスで記録していたかの年代史家も哀れを催したとか。

(おわり)

***

 英雄伝「炉辺のネコと冬のみそさざい」序曲「闇と光」からネタを拝借しております。アバナシニアにヒョウがいないかどうかは知りません。

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