2016年8月20日土曜日

So tasty?

「ドラゴンランス 過ぎゆく夏の夜の集い」参加作品です。


So Tasty?




「ああ、腹が減った。肉が、肉が食いたい」
 街道を外れた森の小径沿いの、今夜の野営地と決めた草地。焚き火を見つめながら大男の戦士はぼやいた。
「あんたが手にしてる、その椀の中身はなんなのさ、キャラモン」ケンダーが、火にかけた鍋から自分の分をよそいながら言った。
「ウサギの肉と、山芋のシチュー、のはずだったよな…?」
 ほかほかと湯気をあげていた肉片と芋はすでにかれの胃の中に消えていた。だが。
「さっぱり、食った気がしないけどな」
 全員――ハーフ・エルフのタニス、ドワーフの戦士フリント、ソラムニア騎士の息子スターム、大男キャラモンと双子の弟レイストリン、二人の異父姉キティアラ――の目がタッスルホッフに集中した。
「おまえさんが余計なものを放り込むから、食べた気がしなくなったんじゃ、このいかれケンダーが! 何が『とっておきの不思議な木の実』じゃ」ドワーフがぶつぶつと文句をつける。
「そんなつもりじゃなかったんだよ」タッスルは涙目で抗弁した。「ぼくは本当にすてきな木の実を入れようとしたんだよ、なのにフリントが邪魔するから、どこかの魔法使いがうっかり落とした小瓶の中身が入っちゃったんじゃないか!」
「もうよさないか」ハーフ・エルフが眉間をほぐしながら言う。
「味がしなくなるだけで、特に害はないということだったろう? レイストリン」
「ええ、それは保証します」椀を受け取りながら、魔法使いが答える。
「どこかの軟弱な魔法使いが、苦い薬を飲みやすくしようとして作った代物を『うっかり落とした』のでしょうね」
 中身を調べた後、少しでも風味をつけようと呪文用の薬草を入れてみたが、効果はなかったようだ。一口啜って、残りを兄に差し出す。ありがたく受け取ったキャラモンが、神妙な顔で何やら唱え出した。
「これは肉だ、焚火であぶった分厚い肉だ、ほら、じゅうじゅうと滴り落ちる脂の匂いが鼻いっぱいに……」
「いい加減にしたまえ」そういうスタームも食欲がわかないようだ。
「これでも、ブーツで出汁をとった枯葉のスープよりはましだわよ」キティアラが形の良い唇を尖らせ、自分のシチューを吹き冷ました。
「それに、わたしたちの収穫が貧弱だったせいもあるしね、タニス?」その様を熱っぽく見つめていた視線に気づき、こっそりとウィンクしてみせる。
「あ、ああ。すまないな、みんな」タニスは赤くなって目をそらした。キティアラと食材狩りをかって出たものの、久しぶりに二人きりで過ごす時間に夢中になってしまい……結局得られたのは痩せたウサギ一匹だけだったのだ。
「あなたのせいではない」何も知らないスタームの慰めが、かえってハーフ・エルフをいたたまれない気持ちにさせた。「どのみち、この近辺にウサギより大きい生き物はそうそういないのだし」
「そうでもありませんよ、騎士どの。たっぷり肉のついた生き物ならいますよ」
 レイストリンが荷から呪文書を取り出し、頁をめくる。
「何じゃと? わしはこのあたりには慣れておるが、そんなもの……」
「頭も、肉も固い老ドワーフに、ハーフ・エルフ、人間が四人に、食べるところが少なそうなケンダー……」
 シチューを口に運んでいた連中が、そろって咽せた。
「さらに味がしなくなったわ!」顔を赤紫にしたフリントに、
「食べたら食あたりを起こしそうなのが一人いるな」一周して冷静さを取り戻したタニス。
「お気に召しませんか? ではこういうのはどうです。牧羊犬に赤ギツネ、ヒョウにハヤブサに、リスはやっぱり食べでがないですね」
「…いい加減にしてくれと言っているだろう」スタームの手が震えている。
「なんの話? ヒョウなんてアバナシニアで見たことないわよ?」
「ああ、キティアラはあの時いなかったものね。あのね、みそさざいがぼくのところに来て言ったんだよ、『助けて』って……」
 元気を取り戻したタッスルが勢いよく語りだす、あの冬の夜の物語。頭上をゆったりと巡る、ソリナリ、ルニタリ、そして星々。
 焚き火が落ちる前に、キティアラが松明に火を移す。
「最初の見張りは任せて。レイストはもう休みなさい」
「姉上ならさしずめ黒猫か、いや雌ライオンかな」呪文書を閉じる音と、ささやき。
「あの時は食料がたっぷりあったから良かったものの」鎧の音。
「ああー、やっぱり食った気がしやしない!」ぼやき声。
「キャラモン、頼むからおれたちに食欲を起こすなよ」ため息。
「そこのうるさいやつをリスにしてくれてやれ!」がなり声。
「ええっ、ここからが面白いところなのに!」むぐっと口を塞がれる音。
 それらが静まりかえったのを確認して、松明の灯りが当たらないように注意しながら、キティアラは懐からこっそり携帯食料を取り出した。包囲戦で飢えを経験して以来、自分用の最後の一口だけは常に隠し持っているのだ。だが……
(味がしない?!)
 どうやら件の薬の効果は、料理ではなく口にした人の味覚そのものに及ぶようだ。いったいいつまで続くものやら。忌々しげにケンダーを睨みつける。明日の食料調達はタッスルに押しつけてやろう。

 そして、いまだ味覚と嗅覚が微妙なままのタッスルが集めたキノコを食べた一行の惨状には、はるかパランサスで記録していたかの年代史家も哀れを催したとか。

(おわり)

***

 英雄伝「炉辺のネコと冬のみそさざい」序曲「闇と光」からネタを拝借しております。アバナシニアにヒョウがいないかどうかは知りません。

2015年12月5日土曜日

「ドラゴンランス 冒険者たちの深夜の集い 〜邂逅〜」参加作品です。








 火のように明るい泣き声が、いつの間にか陥っていた微睡を切り裂いた。すでに窓の外は真っ暗だ。
「産まれたの?!」
 一瞬で目を覚まし、立ち上がり産室に駆け込もうとした幼い体を、義父が押しとどめた。
「まだだよ、キット。産婆さんが言っていたろう?双子なんだよ。もう一人が無事に産まれるまで、辛抱しなさい」
「…はい」
 義父の手を払うと、落ち着かない体を無理やり椅子に落ち着ける。産声の向こうから、まだ母親のうめき声が聞こえてくる。まだかな、もう一人はまだかな。自分はどれくらい眠っていたんだろう。一人目は男の子?女の子?それくらい教えてくれたっていいじゃないの。どっちだっていいけど。今日から私はお姉ちゃん。二人もの弟か妹がいるお姉ちゃんなんだ。
 だが、二人目の産声はなかなか聞こえてこなかった。義父も不安になってきたようで、産室の扉に視線を投げかける頻度が増している。その度ごとに憂慮の色を増して。もう待っていられないと、キティアラが産室に向かおうとすると、出し抜けに扉が開いた。
「どうぞ、お入り下さい」産婆の顔は青ざめている。
 二人目はどうしたの?思わず立ちすくんだキティアラを押しのけるように、義父が先に部屋に入っていく。キティアラも恐る恐る後に続いた。
 血の匂いが立ち込める薄暗い部屋に目を走らせる。泣きわめく赤ん坊を、義父が泣き笑いのような顔で抱き上げ揺すっている。寝台に横たわるのは母親一人で、ぐったりとして意識がないようだ。もう一人はどこに行ったの?寝台の横に立つ産婆と目があった。その腕の中の、布に包まれたものは、義父が抱えている子よりもさらに小さい。その中から、ぜいぜいと頼りない声が漏れている。
「その子ね?」
 産婆に体を向ける。
「ねえ、わたしにも抱かせて」
 だが産婆は首を振った。
「抱かない方がいいわ。この子のことはお忘れ。あなたの弟なら、お父さんに抱かせてもらいなさい」
 だがキットは詰め寄った。
「どうして?わたしの弟よ、どうして忘れろなんて言うの」
 そうして、産婆から、無理やりおくるみを抱きとった。それは頼りないなりに小さく声を上げたが、すぐにまた元の喘ぐような声に戻った。
「ちいさい……」
 赤黒い、くしゃくしゃな中に、どうにか人間の目鼻が識別できた。自然と笑みがこみ上げる。
「キティアラよ。わたしが、おまえのお姉ちゃん」
 横たわっていた母親が身じろぎする。産婆が胸元を清めると、義父が先に生まれた子をそっとあてがった。すっと泣き止んだかと思うと、夢中で母親の乳に吸い付いている。
「この子も…」
 キティアラが小さな赤ん坊を差し出すと、産婆は表情を曇らせつつ義父に視線を送った。義父の視線は産婆から小さな赤ん坊に移り、再び元気よく乳を吸う赤ん坊に据えられた。
(……?)
 小さな子も、顔を拭われて母親の胸にあてがわれたものの、こちらは吸い付こうとはせず、弱々しい呼吸はさらに苦しげになった。なのに産婆は何もせず目を伏せ、義父も沈鬱な表情だ。
「やっぱり、この子は…」
「どういうこと?」
「この子は自分で乳を吸えない、息もままならない。残念だけど、この子は諦めた方がいいでしょう。ロザマンさんには最初から死産だったと伝えま…」
「嫌よ!」
 キティアラは声を張り上げた。
「わたしの弟よ、なんで忘れなきゃ、諦めなきゃいけないの…」
「キット、その方がその子の為なんだよ」
「そんなこと、あなたが決めることじゃない!」
 キティアラは義父に怒鳴った。おとなしく乳を吸っていた赤子がびくりとし、小さな赤子はひきつけを起こしそうだ。
「決めるのはこの子でしょう?わたしは諦めない、だってお姉ちゃんなんだから。なんとかしてみせる」
 母親のそばに横たえられた頼りない体をそっとずらすと、キティアラは上の子と並んで母親の乳に吸い付いた。
「何を…」
 飲み込まないように注意しながら、そっと半開きの小さな小さな唇に落とす。最初はしくじった。二滴目は口の中に落ちる。三滴目、四滴目…吐き出しむせそうになるのを拭ってやる。もう一度母親の乳へ。
 産婆も義父も息を詰めて見守っていた。上の子はもう乳を飲み終えてすやすやと眠っている。小さな赤子は、何滴目かの乳を飲み込んだ。
「今はそこまでよ、キティアラ」
 産婆が優しく声をかける。
「もういいの?もうこの子は大丈夫?」
 ぜいぜいという音はなくなったものの、相変わらず呼吸は細く弱い。
「このまま寝入ってしまったら、息が続かないかもしれない。でも眠らないと体力が持たない」
 何度か抱き方を変えては、赤子の様子を見守る。やや息遣いが安定する。
「このまま、首をこの角度で保ったまま、次に目が覚めるまでゆっくり眠れれば、あるいは生き延びられるかもしれない」
「おお…」
「わたしがやる」
 手を差し伸べようとする義父を睨みつけながら、キティアラは小さな赤子を言われた通りに抱きかかえた。
「わたしが面倒見るの。だって、この子のお姉ちゃんなんだから」
 産婆と義父の説得にもかかわらず、キティアラは赤子を手放さなかった。硬い椅子に腰掛け、赤子の息遣いに目と耳を傾ける。いったん強くなったかと思うとまた細る呼吸を見守る中、疲れ切ったまぶたが落ちてしまっても、教えられた抱き方は崩さなかった。




 暗闇の中、一人ぼっち。
 お母さんは部屋に閉じこもったままだ。
 お父さんはどこに行ったの。お父さん。
(キット)
 顔を上げると、父がいた。義父ではない。顔も忘れかけていた、実の父。どうして忘れたりなどしたのだろう。鏡を見るまでもなく、自分とそっくりなのに。
(いい子だ、キット)
 家を空けがちだったものの、帰ってきた時はお土産を手にし、好きなだけ自分に構ってくれた。剣の稽古も。
(そうだ、キット、おまえは筋がいいな)
 いなくなるのは決まって、母親との喧嘩の後。
(今度帰る時は、本物の剣を買ってやるからな。こんな木剣じゃなくて)
 そう言ったきり、二度と帰ってこなかった。
 また真っ暗。誰もいない。お父さんも。お母さんも。腕の中は空っぽ。握りしめるものも、抱きしめるものも、何もない。何も--?

 だるい腕の中に、何かあった。重い。冷たい。でも手放したくない。まぶたも体も、何もかも重い。でも頑張って目を開く。この重みを失わないために。
「これは…」
 弱々しい、金色のゆらめき。
(それは剣)
 一切の感情を、表情を感じさせない声が、どこからか響いた。
「剣…これがわたしの剣?」
(いかにも、それは剣。未だ形ない、未完成の剣)
 目を凝らして見たそれは、確かにほっそりとした金色の剣のようだった。か細いのに、ひどく重い。抱える両腕がすぐに音をあげそうになる。
(それは剣。どこを目指し、何に対して振るわれることか)
 持ち続けるほどにそれは重みを増していく。腕だけでは支えきれず、膝をついて腿も使って支える。地面は真っ黒で、それでいて不確か。気を抜いたら飲み込まれそうだ。手を離したら沈んでいってしまいそうだ。
(それは神々の剣。そなたの手には重かろう、幼子よ)
 別の声が響く。温かなようで温まらない、どこか悲しげな声。
「重くなんかない」
 どこから聞こえるのかわからないその声に反駁する。
「手放すもんですか。これはやっと手に入れた、わたしの剣なんだから」
 ずっと欲しかった、約束のもの。形の不確かなそれを、ぐっと胸に抱きしめる。
(それは剣。いずれ神々をも滅ぼす剣)
 今度は女の声。恐ろしいのに、ぞっとするほど甘く、暖かい。
(今のうちに手放すが良い。それはいずれ、そなたをも滅ぼす剣)
 声は恐ろしいのに甘く、ぬくもりを感じる。母からは与えられなかったもの。凭れかかり、全てを委ねたくなる優しさ。それが腕に触れる。
「だめ」
 はっと腕の中の剣を抱え直す。
「これはわたしのなの、やっと手に入れたの、絶対離さない!」
(それはいずれ-)
「うるさい!」
 キティアラは顔を上げた。闇の中、姿の見えない三つの声に向かって言い放つ。
「これは約束されたわたしの剣なの。いくら重くても、危なくても、わたしが手入れして共に戦うの」
 すくと立ち上がる。
「これが何かを、わたしをも滅ぼすというならその時は戦うまで。でもそれまではこれはわたしのもの、誰にも口出しなんかさせないし、誰にも取らせない!」
 振りかざした剣がきらりと光る。
(後悔することになろうぞ)
(それが、そなたの選択ならば、仕方あるまい)
(しかと記録した)
 声はもう、聞こえない。
 冷たかった剣が温かみを返す。もう重くない。
 もう大丈夫。
 剣の輝きが瞬くように闇に沈み、夢の中のキティアラの意識を眠りに誘う。




「…アラ。キティアラ!」
「キット!」
 眩い光の中で目を開く。
「よくやったわ。この子は大丈夫よ。見てごらんなさい」
 おそるおそる、こわばった腕の中を見つめる。やわやわとした、産まれたての小さな赤子。おとなしく眠っていた顔が突然くしゃくしゃに歪んだかと思うと、上の子も顔負けの声を張り上げて泣き出す。甲高い声が寝不足の頭に響いて、思わず顔をしかめると、産婆が笑いながら取り上げて、母親の乳にあてがう。元気よく吸い付いている。ほっとして涙が溢れた。
「よくやったわね、キット。偉かったわ」
 母親も目を覚まして、微笑んでくれる。向こう側には大きな赤ん坊。
 わたしの、弟たち。剣などではなく。でも剣よりずっとずっと欲しかった。
「さあ、あなたも食事にして、それからおやすみなさい」
「そしてお母さんが落ち着いたら、ご褒美を買いに行こうな」
 義父が微笑みかける。
「ううん、ご褒美ならもうもらったから。それに、約束したから」
 早く大きくなって、そして一緒にどこへでも行こう。約束された自分の剣、自分の力を取りに。何があったって大丈夫、あなたがたのお姉ちゃんは強いんだからね。
 一足先に乳を飲み終わって瞼を開いた小さな子の青い瞳の奥に、一瞬金色の剣が煌めいたように見えた。
 どこかで見たような…?
 夢の余韻は、朝食とベッドと、約束された未来との間に、光って消えた。


(End)





* * *


言い訳

ドラゴンランスワンドロ・ワンライ企画、楽しみにしてたんですが祖母の葬儀で急遽北海道へ。帰りの空港ラウンジでかさかさと殴り書きでした。
「戦記」と「伝説」の印象だけで書いております。未訳のマジェーレ家のお話などとは食い違うところも多々あると思いますがお見逃しください。いずれ資料を参照してちゃんと書き直したいです。三つの声の言葉遣いなどもそれらしく。

2015年2月20日金曜日

人気の投稿スペシャル

 絶好の創作日和なんですがなんか話がまとまらない。こんな時は過去を振り返って遊びましょう。サイドバーに表示される「人気の投稿」の閲覧数と、2/20現在で他に20件を超えた記事をご紹介します。
やっぱりツイッターで更新告知した回や、コメントがついた回は多くなりますね。

戦記2巻p182 探索(11月4日) 23回

“Move!”

「どいて」

 キャラモンの前でときどき口調が幼くなるレイストリン。

戦記2巻p131〜 疑惑(11月2日) 23回

“I’ll believe he’s turned traitor to his people the day I believe you or Caramon turn traitor.”

「かれは仲間を裏切るなど、君やキャラモンが裏切るのと同様おれには信じられない」

「かれ」とはギルサナス。人種の壁、偏見…アメリカ人だからこそ書ける生々しさを感じます。

戦記3巻p201〜 現し夢(11月22日) 27回

“How does it feel to be weak and afraid, my brother?”

「弱くて恐れているってどんな気持ちかな、兄さん?」

 未来の幻影であり、それぞれが最も恐れる事態を見せつけてきた悪夢。ひとり恐怖していなかったかれは、すでに全てを”accept”していたのでしょうか。

戦記2巻p225〜 寓話(11月8日) 28回

“--kill me now! I will not stop you--“

「――今殺せばいい!ぼくは止めませんよ――」

 ええ、今殺せばよかったんですよ。命がけで皆をドロウから守ったばかりの人をね。

戦記2巻p277〜 「わたしの子供たち…」(11月12日) 28回

“My children…”

 初読時に泣き、再読時に泣き、英文と合わせて読みながら三たび泣きました。

戦記4巻p165〜 稲妻(12月13日) 28回

“Tanis! It is you!”
Tanis saw bright brown eyes, a crooked, charming smile.

「タニス!やっぱりあなただわ!」
 明るいとび色の眼。くせのある魅力的な微笑。

 タニスちゃん同様、私もキティアラ様にどっぷりはまりながらご紹介してました、この辺りの展開。

戦記2巻p213〜 変装(11月7日) 30回

“Stop it, you bold man!”

「やめてよ、図々しい人ね!」

 ノリノリで女装してるキャラモン。一方レイストリンはどうしたのか。疑惑あふれる回です。

戦記5巻p88〜 真相(1月1日) 31回

“Thus they thought to purge my soul of darkness. What I truly learned was that I lacked self-control.”

「それによって、審問官たちは、ぼくの心に巣食う闇を浄化しようと考えたわけだ。しかし、ぼくが本当に学んだのは、自分に自制心が欠けているということだった」

 新春早々、自制心ブレイクして叫びまくった回。どん引きされるの覚悟だったんですがそうでもないようで安心しました。

戦記1巻p15<絶望の時代>(10月3日) 33回

The sky is calm, silent, unmoving.
We have yet to here their answer.

天は静穏、黙して不動。
応えはさらに待たねばならぬ。

 記念すべき第一回。ひたすらため息をついておりました。

戦記1巻p239〜 ケ・シュの村(10月15日) 36回

He remembered…

 英語ならではの抑揚、同じ英単語を異なる日本語訳で奏でてみせる役者のセンスに酔いしれた回。しかしこれらはまだ序の口なのでした。

戦記1巻p404〜 呪文書(10月22日) 37回

“Good Caramon. Excellent Caramon,”

「優しいキャラモン。頼もしいキャラモン」

 全く、もう、この弟ときたら。この時ティカがいなくてよかったですね。

戦記1巻p289〜 ザク・ツァロスへ(10月17日) 38回

Suddenly Tanis hated Raistlin, hated him with a passion that shocked the half-elf, hated him for not feeling this pain, hated him and envied him at the same time.

 突然、タニスはレイストリンが憎らしくなった。自分でも驚くほど激しく憎んだ。かれがこの苦痛を感じていないというので憎んだ。憎んで、しかも同時に嫉妬した。

 タニスもレイストリンに絡め取られちゃった一人なんだなあ、と今ふと思いました。

戦記5巻p314〜 <大審問>(1月13日) 39回

“How did you do that?”

“No, Raistlin!”
“Never!”

「どうしてあんな術が使えたの?」

「違う、レイストリン!」
「誓う!」

「大審問症候群」なる名言に共感するあなたも私も魔法使い。

戦記5巻p89〜 二つの言葉(1月2日) 41回

“My brother…”

 邦訳を手掛かりに、英語ならではの表現を紹介する、という趣旨の中でも屈指のクリティカルヒット、まさに会心の一撃!な回でした。二人が口にした、最後の、二つの言葉。

戦記3巻p57〜 双子(11月15日) 42回

“Nor will you,”
”Ever.”

「兄さんにはわかるもんか」
「永遠に」

 こういうのが読みたくて原書取り寄せたんです。浸りました悶えました。
 もうこの先は何もコメントできません。

戦記3巻p219〜 終わりと始まり(11月23日) 42回

Raistlin looked at him for a moment, and Tanis saw a brief flicker of regret in the young mage’s eyes, a longing for trust and friendship and a return to the days of youth.

 レイストリンはつかの間かれを見つめた。若い魔法使いの眼に、後悔の色がちらりと浮かんだ。信頼と友情に満ちた青春時代への憧憬。

戦記5巻p345〜 影絵(1月15日) 46回

“Look, Raist,”
“bunnies…”

「ごらん、レイスト」
「うさ公だよ……」

戦記1巻p456〜 お別れ(10月26日) 58回

If I have any power at all, Great One, he said inside himself, power that has not yet been revealed to me, grant that this little one goes through her life in safety and happiness.

 心の中でかれは言った。大いなる方よ、もしぼくに力が――まだ明かされていない力があるものならば、どうかこの小さき者につつがなく幸せな生涯を送らせ給え。

 投稿されて以来、人気の記事として不動の一位を守り抜いた回でした。
 ご来訪くださった皆様に心から感謝申し上げます。

2015年2月17日火曜日

告別

DRAGONS OF SPRING DAWNING p379

Raistlin’s Farewell


Caramon, the gods have tricked the world
In absences, in gifts, and all of us 
Are housed within their cruelties. The wit
That was our heritage, they lodged in me, 
Enough to see all differences: the light
In Tika’s eye when she looks elsewhere,
The tremble in Laurana’s voice when she 
Speaks to Tanis, and the graceful sweep
Of Goldmoon’s hair at Riverwind’s approach.
They look at me, and even with your mind
I could discern the difference. Here I sit,
A body frail as bird bones.

戦記6巻p292

レイストリンの告別

キャラモン、神々とは気紛れなもの、
世に背を向ける一方で賜物を与える。
けれどわれわれはみな、神々の
無慈悲な戯れのうちに住まう者。
われらの受け継ぐべき才知を神々は
わがうちに宿らせた。その才知が
あらゆる差異を見分けさせてしまう。
ティカがどこか他所を見るときの目の輝き、
ローラナがタニスに話しかけるときの声の震え、
リヴァーウィンドを間近にしたときの
ゴールドムーンの優美な髪のそよぎ。
けれどぼくを見るかれらの眼には、
たとえ兄さんの心をもってさえ、
差異があるのがわかるだろう。ここにぼくはいる、
鳥の骨のように脆いからだで。

                                         In return
The gods teach us compassion, teach us mercy,
That compensation. Sometimes they succeed,
For I have felt the hot spit of injustice
Turn through those too weak to fight their brothers
For sustenance or love, and in that feeling
The pain lulled and finished to a glow,
I pitied as you pitied, and in that
Rose above the weakest of the litter.

見返りに、
神々はわれわれに同情を教え、慈悲を教え、
あの代償を教えた。ときにはそれは成功した。
なぜならぼくには感じることができる、
同じ同胞として生まれても、生存や愛をかけて
争うことの敵わない弱者のうちには
不正への熱い憤りがめぐっていることを。
それを感じていると、痛みは和らぎ
小さな熾火に減じてゆく。兄さんが哀れんだように
ぼくも哀れんでいたのだ。そうして、だからこそ
ぼくは同胞中の最弱者の上に立ったのだ。

You, my brother, in your thoughts grace,
That special world in which the sword arm spins
The wild arc of ambition and the eye
Gives flawless guidance to the flawless hand,

兄さん、兄さんの世界は無知な優しさの世界だ。
剣もつ腕が意気高く荒々しい弧を描き、
曇りない眼が鈍りを知らない手を導く、そんな特殊な世界だ。

邦訳は(#1)(#2)(#3)(#4)と続きます。

You cannot follow me, cannot observe
The landscape of cracked mirrors in the soul,
The aching hollowness in sleight of hand.

兄さんにはできない、ぼくについて来ることは。
兄さんにはできない、
ひび割れた心の鏡に映る風景や
虚ろな手妻を操る胸の痛みを知ることは。

And yet you love me, simple as the rush
And balance of our blindly mingled blood,
Or as a hot sword arching through the snow:
It is the mutual need that puzzles you,
The deep complexity lodged in the veins.
Wild in the dance of battle, when you stand,
A shield before your brother, it is then 
Your nourishment arises from the heart
Of all weakness.

それでもなお兄さんはぼくを愛してくれる、
でたらめに混在するぼくらの血がうずき、
均衡を保とうとしているからか、それとも
雪を切り裂く灼熱の剣としてなのか。
兄さんをとまどわせるのは、相互依存の不思議さだ。
血脈に宿る奥深い複雑さだ。戦いの乱舞のさなか
盾を差しのべて弟を庇い、立ちはだかるとき、
その瞬間こそ兄さんがぼくの弱さを糧として
生気にあふれるときなのだ。

                            When I am gone,
Where will you find your fullness of your blood?
Backed in the heart’s loud tunnels?

             ぼくの去った今、
兄さんは血の充足をどこで見つけるのだろう?
高らかな心臓の坑道に戻るのか?

                                                       I have heard
The Queen’s soft lullaby, Her serenade
And call to battle mingling in the night;
This music calls me to my quiet throne
Deep in Her senseless kingdom.

                ぼくはもう聞いてしまった、
<女王>の甘い子守唄が、小夜曲が、
(#1)戦いへの誘いが、夜に混じってささやきかけてくるのを。
この調べはぼくを招く、静寂の玉座へと
<女王>の無意識の王国深くへと。

                          Dragonlords
Thought to bring the darkness into light,
Corrupt it with the morning and the moons--
In balance is all purity destroyed,
But in voluptuous darkness lies the truth,
The final, graceful dance.

(#2)            邪竜の諸卿は
闇を光の中へもたらそうと図ったが、
暁と月の訪れによって闇を損なった――
均衡においては純正なものはすべて滅ぼされる。
それでも官能的な闇には真実が潜む。
窮極の優美な舞が。

                                        But not for you:
You cannot follow me into the night,
Into the maze of sweetness. For you stand
Cradled by the sun, in solid lands,
Expecting nothing, having lost way
Before the road became unspeakable.

(#3)        けれどもそれは兄さんには向かない。
兄さんにはできない、ぼくについて夜へ踏み込むことは、
甘美な迷路へ踏み込むことは。なぜなら兄さんは
日の光の中で育まれ、堅固な地に立ち、
何も求めず、行くてが険しくなるより先に
すでに自分の道を失っていた。

It is beyond explaining, and the words
Will make you stumble. Tanis is your friend,
My little orphan, and he will explain

(#4)説明するのは難しく、また、言葉に頼れば
兄さんをつまずかせるだろう。兄さんの友人、
そしてぼくの遺児であるタニスなら説明してくれるだろう。

Those things he glimpses in the shadow’s path,
For he knew Kitiara and the shine
Of the dark moon upon her darkest hair,
And yet he cannot threaten, for the night
Breathes in a moist wind on my waiting face.  

かれが闇路で覗き見たことごとを
なぜなら、かれはキティアラを知り、
その黒髪に輝く黒い月の光を認めてもなお
それでも堕ちなかったのだから。
なぜなら、夜が湿った風となって
待ちわびているぼくの頬にささやきかけてくるのだから。

***

 ややこしいですが、原文(WoC社ペーパーバック)の順番に沿って並べ、邦訳(富士見文庫)の順番を(#)で示しました。こうしてみると原文の方がわかりやすいです。例えば最後の部分、唐突に出てくる「かれ」がタニスであることとか。その他の印象も違ってくるんですが、邦訳は何故このような順番にしたのでしょう?

 もしかしたら原文の方が、富士見版の底本からWoC社のペーパーバックに換わるときに書き換えられたのかもしれませんね。ああアスキー版も買っておくべきでした……。

 さて、めでたく「戦記」最後まで四ヶ月半、大晦日も元日も毎日更新してまいりました。本ブログの定期更新はこれにて終了し、「伝説」は新しいブログで始めます。その前に、性別逆転二次創作「パヴァーヌ」を仕上げてしまおうと思います。完成しましたらこちらで告知します。その間、気まぐれに妄想など垂れ流しているかも知れません。

2015年2月16日月曜日

戦記6巻p288〜 帰郷

DRAGONS OF SPRING DAWNING p377

The tall Tower came in sight, black against the black sky like a window cut into darkness.

戦記6巻p288

 高い<塔>が視野にはいってきた。暗い夜空を背景にさらに黒々と、まるで闇に穿った窓のような<塔>である。

Standing before the gates, he looked up at the Tower; his eyes taking in everything coolly appraising the crumbling minarets and the policed marble that glistened in the cold, piercing light of the stars.

 門の前に立って、かれは<塔>を見上げた。かれの眼はすべてを映し、刺すような冷たい星明かりに輝くつややかな大理石や、崩れかけた尖塔を冷静に観察した。

The golden eyes lowered their gaze to the gates of the Tower, to the horrible fluttering robes that hung from those gates.

 金色の眼は視線を下げて、<塔>の門を、その門にからまってはためいているおぞましいローブを見た。

No ordinary mortal could have stood before those terrible, shrouded gates without going mad from the nameless terror. No ordinary mortal could have walked unscathed through the guardian oaks.

 ふつうの定命者なら、この恐ろしい帳をもつ門の前に立てば、言語を絶する恐怖感によって発狂せずにはいられなかったろう。ふつうの定命者なら、番人の守るあの樫林を無傷で通り抜けることなどできなかったろう。

But Raistlin stood there. He stood calmly, without fear. Lifting his thin hand, he grasped hold of the shredded black robes still remained with the blood of their wearer, and tore them from the gates.

 しかし、レイストリンはここに立っていた。かれは落ち着いて、恐怖もなく立っていた。痩せた手を上げると、かれはまだ着用者の血のしみが残っているぼろぼろの黒いローブをつかんで、門から引きはいだ。

A chill penetrating wail of outrage screamed up from the depth of the Abyss.

The shriek sounded again, and a pale hand reached out from the Tower gates. A ghastly face, twisted in fury, floated in the dank air.

Raistlin did not move.

奈落の奥底から、冷たく凍りつくような怒りのむせび泣きがわきあがった。

 叫び声が再度響いて、青白い手が<塔>の門からのびてきた。怒りに歪んだ幽鬼の顔が、湿った大気の中にぼうっと浮かぶ。

 レイストリンは動じなかった。

The hand drew near, the face promised him the tortures of the Abyss, where he would be dragged for his great folly in daring the curse of the Tower. The skeletal hand touched Raistlin’s heart. Then, trembling, it halted.

<塔>の呪いに挑むという愚行の報いとして、幽鬼はかれを奈落へ引きずりこんで責め苛まさせるべく、手を伸ばし、顔を近づけてきた。骸骨の手がレイストリンの心臓をつかむ。が、次の瞬間、その手は震え上がって停止した。

“Know this,” said Raistlin calmly, looking up at the Tower, pitching his voice so that it could be heard by those within.

「聞くがいい」レイストリンは冷静に言って<塔>を見上げ、内部にいる者たちにも聞こえるよう声を張り上げた。

“I am the master of past and present! My coming was foretold. For me, the gates will open.”

「われこそ過去と現在の主なり!わが来訪は予言に示されしとおりなり。わがために、門は道を開くべし」

The gates swung open upon silent hinges.

 門が、蝶番の音もさせずに開いた。

As he entered, all the black and shapeless, dark and shadowy things dwelling within the Tower bowed in homage.

 かれが入ると、<塔>内に棲んでいる黒く形をもたない陰の者が、ことごとく恭順のしるしにお辞儀した。

“I’m home,” he said.

「これこそわが故郷」かれは言った。

***

“I’m home” 通常ですと「ただいま」なんですがここはしかし。幽鬼が”Welcome home”って出迎えてくれるわけでもないですしね。

いよいよ明日で「戦記」も完了です。取り上げなかったシーンのリクエストは引き続き受け付けております。

2015年2月15日日曜日

戦記6巻p285〜 星座

DRAGONS OF SPRING DAWNING p375

There were Dragon Highlords still. Though no one mentioned her name, the companions each knew one had almost certainly managed to survive the chaos boiling around the Temple.

戦記6巻p285

 ドラゴン諸卿の姿もまだ見えた。一行は誰もその名を口にしなかったが、心の中ではみな、ドラゴン卿の一人はほぼ確実に、神殿一帯の大混乱の中から無事脱け出したに違いないことを知っていた。

And perhaps there would be other evils to contend with, evils more powerful and terrifying than the friends dared imagine.

 そして、おそらくまた、かれらは新たな悪と闘うことになるのだろう、一行の想像をも超える強力で恐ろしい悪と。

But for now there were few moments of peace, and they were loath to end them. For with the dawn would come farewells.

 しかし、いましばらくは安らぎの刻であり、一行はそれを終わらせたくなかった。夜明けとともに、一行は別れを交わさねばならないからだ。

No one spoke, not even Tasslehoff. There was no need for words between them. All had been said or was waiting to be said. They would not spoil what went before, nor hurry what was to come.

 誰も口を開かなかった。タッスルホッフでさえ。かれらのあいだでは言葉は必要なかった。すべてはすでに語られ、あるいはいずれ語られるときを待っていた。かれらはすでに過ぎたことを損ないたくなく、いずれ起こることを急ぎたくなかった。

They asked Time to stop for a little while to let them rest. And, perhaps it did.

 かれらは“時”に、いまひととき止まってかれらを休ませてるよう願った。そして、おそらく“時”はその願いを叶えてくれたのだろう。

One by one, each piece of the shattered Temple took its proper place in the sly, filling the two black voids Raistlin had seen last autumn, when he looked up from the boat in Crystalmir Lake.

 崩れた神殿の各部分は、それぞれ天の正しい位置へ飛び、二つの黒い空洞を埋めた。去年の秋、クリスタルミア湖のボートの中からレイストリンが発見した、あの二つの空洞である。

Once again, the constellations glittered in the sky.

 ふたたび、失われた星座が天に輝いていた。

2015年2月14日土曜日

戦記6巻p271〜 フィズバン

DRAGONS OF SPRING DAWNING p368

“What’s my name?” the old man asked, reaching out his hand to touch the kender’s topknot of hair.
“It’s not Fizban,”
“Up until now, it wasn’t,”
“Then what is it?”

戦記6巻p271
「わしの名前はなんといったかな?」老人は手をのばして<ケンダー>のつむじの髪房に触れた。
「フィズバンじゃないです」
「そうじゃったな、今までは違ったな」
「では、なんですか?」

“I have many names,”
“Among the elves I am E’li. The dwarves call me Thak. Among the humans I am known as Skyblade. But my favorite has always been that by which I am known among the Knights of Solamnia--Draco Paladin.”

「わしにはたくさん名前がある」
「エルフ族の中では、わしはエ=リだ。ドワーフ族はわしをサークと呼ぶ。人間のあいだでは、わしは<天空の剣>として知られておる。だが、わしが一番気に入っておるのは、ソラムニア騎士団での呼び名――ドラコ・パラディンじゃ」

“’One day he’ll show up here and he’ll admire my tree and he’ll say, “Flint, I’m tired. I think I’ll rest awhile here with you.” Then he’ll sit down and he’ll say, “Flint, have you heard about my latest adventure? Well,…”’”

「『いつかある日そいつはここへ現われ、わしのこの木に感心して、きっとこう言うじゃろう。“フリント、ぼく疲れてるんだ。ちょっとここであんたと一緒に休みたいな”そうして、すわりこんで言うじゃろう、“フリント、ぼくの最新の冒険談をもう聞いた?あのね……”』」

***

 フィズバンが語るフリントの台詞の中のタッスルの台詞。かっこの種類が少ない英文では混乱しちゃいそうですね。


“I’m sorry. I forgot. I guess I shouldn’t call you Fizban anymore.”

「もうフィズバンなんて呼んじゃいけないんですよね」

“Call me Fizban. From now on, among the kender, that shall be my name.” The old man’s voice grew wistful. “To tell the truth, I’ve grown rather fond of it.”

「フィズバンとお呼び。今この時から、ケンダー族の間ではそれをわが名としよう」老人は懐かしげに言い添えた。「実のところ、その名がかなり気に入ってきたのだ」

“Who is this Fistan--whatever? I want answers--“
“The answers you seek are not mine to give,” Fizban said. His voice was mild still, but there was a hint of steel in his voice that Caramon up short.

「そのフィスタン――なんとかというのは何者なんです?答えてください――」
「おまえの求める答えは、わしには与えられない」フィズバンは言った。かれの声は依然として穏やかだったが、その口調には、キャラモンを黙らせる鋼鉄の肌触りがあった。

“Beware of those answers, young man,”
“Beware still more of your questions!”

「その答えには用心をせよ、若者よ」
「それにもまして、その問いには用心をせよ!」

“An inn? In Solace?”

“That was you, shouting for the guards!”
“You got us into this!”

「宿?ソレースの?」

「やはりあなただ、あなたが警備兵を呼んだでしょう!」
「おれたちをこんなことに追い込んだのはあなたなんだ!」

“I set the stage, lad,” Fizban said cunningly. “I didn’t give you a script. The dialogue has been all yours.”

「わしは舞台を整えただけだよ、おい」フィズバンがすらりとかわす。「台本を配ったわけじゃない。台詞はみんなおまえさんたちの自前じゃ」

***

 長年憧れていながら一度も参加したことのない、TRPGの世界を垣間見ている気がします。シナリオを完遂した、ゲームマスターとプレイヤーの会話のような。


Absentmindedly, still muttering, the old mage climbed up onto the dragon’s back.

 老人はぶつぶつとひとりごとを言いながら、うわの空で竜の背に登った。

“Wait! My hat!”

“Fizban!” Tas shouted again. “It’s--“
But the two had flown out of hearing.

“It’s on your head,” the kender murmured with a sigh.

「待て!わしの帽子が!」

「フィズバン!」タッスルが繰り返す。「あんたの――」
 しかし、老人と竜はもう聞こえないところへ飛んでいた。

「あんたの頭の上に載ってるのに」タッスルはため息まじりにつぶやいた。